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歯切れが悪いのは仕様です。

麻雀用語と民間語源,あるいは電話のアイコンのはなし

一般化した麻雀用語

 一般化した麻雀由来の表現が使われなくなりつつあるのかもしれない,そう思った最初のきっかけは授業で取り上げた例に出てきた正面に(座って)いる人を指す「トイメン」という表現を多くの学生が理解できないということに気付いたことだった。

 ある特定の領域で使用される表現の「意味」がより拡張され一般的にも使用されるようになるという現象は珍しくなく,日本語だと野球関係の表現に例が多い(「変化球」「代打」等)。麻雀由来の表現でも,「メンツ」「リーチ」や「テンパイ」から派生した「テンパる」等は今でも使われているだろう。

 しかし,使用されている表現でも麻雀由来だと知っている学生はどうもそれほど多くないようで,私の授業で聞いてみたところ「リーチ」は英語の"reach"から来ていると思っている学生がこれまで複数人確認されている。「もう少しで届くから」だと言う。なかなか良い線だと思う。他の教員から「テンパる」が英語の"temper"由来だと思っている学生がいたというエピソードを聞いたこともある。

 このように,(ほぼ)明らかに妥当ではない語源を指す用語として,言語学に「民間語源 (folk etymology)」という言い方がある。他に「民衆語源」「語源俗解」と言うこともあり,「学者」目線でやや傲慢な名付けに聞こえるかもしれない。「リーチ」の"reach"由来説を聞いた時はもしかしたら民間語源の成立に立ち会っているのかもしれないと思ってちょっと感動してしまった。

 このような現象の要因として麻雀そのものへのなじみ度が一般的に衰退したためということがあるのだろうか。

 ところが面白いことに,麻雀以外の特定の領域で表現が生き残っていることがある。スポーツのフォーメーションで正対する相手を指す用語として「トイメン」が使われることがようだ。あと,ゲーム関係だと偶然が絡むケースで目当てのものを引き当てた場合(さいきんの表現を使うと「ガチャ」的と言う感じだろうか)に「ツモった」と言うことがある。また,麻雀関係ではないが,現在「カップル」を指す表現としてはもうほぼ使われていないだろう「アベック」もスポーツ等の領域では「アベック優勝」というような表現が今も使用されている。「トイメン」と「アベック優勝」の例は学生の指摘によるもので,やはり授業はこういうことがあるからおもしろい。

 麻雀関係の用語は日本語学のトピックだと「(漢語ではない)中国語由来の外来語」を説明する時に便利なのだが,こちらは「マージャン」自体は知っている学生が多いし,料理関係に例が豊富なので(「ウーロン茶」「ギョーザ」等)それほど困ることはない。

電話のアイコン

 ある表現や記号の由来になったもの自体が古くなったり使われなくなったりしたのに表現や記号そのものは使われているものは言語以外にもいろいろあり,webだと「保存のアイコンとしてのフロッピーディスク」がもはや定番ネタと化した感さえある。

 私がさいきん気になっているのは「電話」を表すアイコンだ。一昔前は,いわゆる黒電話をベースにしたアイコンで良かったのだろうが,こどものおもちゃや教材に出てくる「電話」を指す絵や記号を見ているともうあまり使われることがないようで,登場する絵や記号は様々である。

 ちなみにLINEの絵文字などを見ても,受話器,いわゆるガラケー,黒電話,の複数のタイプが登録されており,現在「電話」を表す統一されたアイコンはないのではないかと思わせる。一般的には「スマホ」が一番身近なのだろうが,アイコン化しにくい形態ということも関係しているかもしれない。

 逆に,電話に関係して統一されたなと感じるものとして「着信音」がある。むかしは洋画を見ていてケータイの着信音が鳴ると「海外の機種だとこんなメロディなのか」と思ったものだが,iPhoneの登場とスマホの普及以降,洋画や海外ドラマで流れる着信音と電車や教室で聞こえてくる着信音が同じだということが珍しくなくなってしまったように思う。

2018年度の授業で紹介した言語学・日本語(学)関係の新書

 Twitterで新書に関する教員のやりとりを見たので,私が今年度言語学関係の授業でおすすめとして紹介したものを簡単に挙げておきます。新書は授業で取り上げるとなると意外と難しいこともあるのですが,手に入れやすく(比較的)安価で電子書籍も充実しているのがやはり良いですね。

 以前紹介したものも含まれていますが,こういうのはいろんな形で何回もやるのが良いかと思いますので。

 ちなみに,私は読書案内は授業で取り扱った内容の補足,延長としてやることがほとんどなのでまったく網羅的なものではありません。しかし新書はけっこう玉石混交というかクセの強いものもあるので,各方面の専門家が少しずつ紹介を書くというのも良いのではないでしょうか。

新書

言語学入門

 黒田龍之助『はじめての言語学』

はじめての言語学 (講談社現代新書)

はじめての言語学 (講談社現代新書)

ここでは何回も紹介しています。実はけっこう強烈な表現もあったりするのですが,この本が良いのは「言語学入門への入門」ができる内容を備えているところです。下記の記事で触れたのはその一面です。

dlit.hatenadiary.com

やさしい日本語

 庵功雄『やさしい日本語』

やさしい日本語――多文化共生社会へ (岩波新書)

やさしい日本語――多文化共生社会へ (岩波新書)

日本語教育に関わりのある方だけでなく,日本語が第1言語でない人と少しでも関わりのある方には読んでほしい本です。実はさいきん国語教員志望の学生で「やさしい日本語」自体をあまり知らない人がけっこういるように見えるのが少し気がかりです。日本語学・言語学入門としての側面もあります。

文字

 大島正二『漢字伝来』

漢字伝来 (岩波新書)

漢字伝来 (岩波新書)

漢字の受容からかな/カナの成立までを丁寧に概説。

言語政策

 安田敏朗『「国語」の近代史—帝国日本と国語学者たち』

「国語」の近代史―帝国日本と国語学者たち (中公新書)

「国語」の近代史―帝国日本と国語学者たち (中公新書)

近代国家成立と「国語」「標準語」の関係について知るには批判的な観点が重要だと思います。国語教育に関わる人だけでなく日本語教育に関わる人にも読んでほしい本。

言語習得

 ⽩井恭弘『外国語学習の科学―第⼆⾔語習得論とは何か』

外国語学習の科学―第二言語習得論とは何か (岩波新書)

外国語学習の科学―第二言語習得論とは何か (岩波新書)

英語教育をはじめとして,言語教育・言語学習に興味のある方へ。

⾔語と思考・認識の関係(⾔語相対論)

 今井むつみ『ことばと思考』

ことばと思考 (岩波新書)

ことばと思考 (岩波新書)

サピア=ウォーフの仮説に興味ある方とか。いろんな言語の話が出てくるのを読んでいるだけでも楽しいです。

文法

 定延利之『煩悩の文法』

煩悩の文法―体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話 (ちくま新書)

煩悩の文法―体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話 (ちくま新書)

日本語文法関係の新書はいくつも出ているのですが,新書で文法で面白い本というとこれが個人的おすすめです。

おまけ

 広瀬友紀『ちいさい言語学者の冒険 子どもにまなぶことばの秘密』

ちいさい言語学者の冒険――子どもに学ぶことばの秘密 (岩波科学ライブラリー)

ちいさい言語学者の冒険――子どもに学ぶことばの秘密 (岩波科学ライブラリー)

新書ではないのですが,(日本語をベースにした)言語学の入門として素晴らしいですし保護者をはじめとしたこどもに関わる人に広く読んでほしい本です。個別に紹介記事を書く予定です。

関連

 そのほかのおすすめ書籍については下記にまとめてある記事でもいろいろ紹介しています。

dlit.hatenadiary.com

沖縄の人たちはあと何回意志表示をすれば良いのでしょうか

 県民投票の結果が出ましたね。内容の割にリアクションが少ないように見える下記の記事を1つだけはっておきます。

this.kiji.is

 これまでも何度か書いてきたように,私は18歳まで沖縄で育ちその後はずっと関東にいる人間なので,

dlit.hatenadiary.com

沖縄のことについて強い意志表示はしませんが(まずその地域で生活している人々の意志が尊重されるべき),家族や友人を含む沖縄の人たちの行動や決断はずっと応援したいと考えています。

 今朝,いろいろな記事の反応を見てみたのですが,いろいろ気になったものの中で,1つだけ書いておきたいと思います。それは「投票に行かなかった人たち」に関する言及です。

 投票に行かなかった人たちに関する推測で,「どちらでもいい」「どうでもいい」からではと受け止める意見をいくつか見ましたが,どうか「どうせ何やったって変わらないだろ」といった,諦念によるものかもしれないということについても考えてみてくれませんか。

 沖縄の人たちは,これまでに何度も,さまざまな形での意志表示をしてきましたが,それがどれぐらい報われてきたのかを考えると,諦める人がたくさんいてもおかしくないと思います。それでもまだこれだけ声が上がるということに少しでも目を向けてくれる人が増えると良いなと思います。

 沖縄(に限らず他地域)の意志を尊重するということは,自分たちの地域についても尊重してもらえるということにつながると思うのですが。