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歯切れが悪いのは仕様です。

【宣伝】論文集『言語研究の楽しさと楽しみ―伊藤たかね先生退職記念論文集』に語種と接辞に関する論文を書きました

論文集『言語研究の楽しさと楽しみ―伊藤たかね先生退職記念論文集』が刊行されました。執筆者ということでいただいた手元にあるものの奥付を見ると刊行日は3月22日となっているのですが,Amazonではもう購入できるようになっていますね。

言語研究の楽しさと楽しみ - 伊藤たかね先生退職記念論文集 -

言語研究の楽しさと楽しみ - 伊藤たかね先生退職記念論文集 -

  • 発売日: 2021/03/18
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

私は「分散形態論と語彙層を越えた異形態としての接辞」という論文を書きました。以前関西言語学会の招待発表でやったもので,多少データや用語等を整理したりもしていますが,基本的な内容は下記のハンドアウトからあまり変わっていません。データは面白いと思っているのですが,分析がきちんとできていないのがいつもながら私のダメなところです。

www.academia.edu

竹沢幸一先生の還暦をきっかけに編んだ論文集の記事でも書いたのですが,さいきんはこういう記念論文集というのはなかなか刊行するのが難しくなってきているようです。

dlit.hatenadiary.com

私は伊藤たかね先生が指導教員だったというような関係ではないのでここで思い出話のようなものを書くことはしませんが,常に穏やかな物腰から発される鋭い質問やコメントは研究者として憧れますね。MLF等の研究会ではいろいろお世話になっていまして,私のように勢いと思いつきで新しい場に参加しちゃうような人間にとってはありがたいことです。

Remoを使った研究イベント(言語学フェス2021)雑感

Remoを使って行われた言語学を中心にした研究イベントがあって,そこでポスター発表をした時に考えたことなどを書いておきます。

大学院の入試業務にまみれていたら終わってからあっという間に2週間以上経っていました。今年は従来の試験に加えてオンライン試験の可能性があるので,業務量も拘束時間も単純に2倍(以上)ある感じです。まあこの話はできるようならまた改めて。

イベントの概要

まず,運営に関する様々なことを担当・解決してくださった皆さんに感謝します。特に中心になっていた松浦年男さん,矢野雅貴さんは大変だったと思います。あとかなりご無沙汰になっていた方にも思ったより会えて良かったです。

どういう発表があったかということについては下記のページをご覧下さい。

massayano.github.io

運営のかなりの部分を担当された松浦さんの下記の記事を読むと,全体の様子からRemoの使い方・課題までよく分かるかと思います。オンラインイベントの記録や,Remoの使用感が知りたい方はまずこの記事を読んでみてください。

note.com

ちなみに私の発表のポスターはAcademia.eduで公開しています。どうもこのサービス上ではファイルがうまく見られないようなのですが,ダウンロードして見ることはできるはずです。

www.academia.edu

参加者

イベントの名称に「言語学」と入っていますが,私の見えた範囲でも非常にさまざまなバックグラウンドを持つ人が参加したようで,言語学を軸にした「交流」という目的にとっては非常に良い場だったのではないでしょうか。

私のところにも,大学院生や大学教員に加え,学部生の方が来てくれて質問も受けました。あと所属などは聞かなかったのですが自然言語処理畑の方と話ができたのは良かったですね。知識や研究成果については本や論文からある程度知ることができますが,分野の動向のようなものは分野外の人は知るのが難しいことも珍しくありませんから。

ちなみに目立って質問が多かったのがLINEのデータの取り方で,私は近くに専門にしている研究者(落合哉人さん)もいるので意外だったのですが,興味はあるけどどう研究して良いか分からないので手を付けていないという人はけっこういるのではとちょっと気分が明るくなりました。

実は研究に関するイベント(研究会や学会)や発表への参加の方法も分野によって違いがあったりしますので,参加者の戸惑いはけっこうあったかもしれません。ただこれはオンラインでなくても不慣れな場に参加するとよく起こることで,ある程度はしかたないと考えています。

ポスター発表

実は私はあまりポスター発表を頻繁にやる方ではありませんで,今回もかなり久しぶりに作りました。作りながらあいかわらずちょっと文字詰め込みすぎかなとも考えたのですが,今回はどんなイベントになるか,どれくらいうまくその場でコミュニケーションができるか不安だったので読めばある程度のことが分かるという形にしたかったのですよね。ならハンドアウトも作れって話なんですが,それは時間が足りずできませんでした。

ほかの方の発表も気になるものがかなり多く(というか全部見たかった)事前にどこに行こうかけっこう悩んでいたのですが,結局自分のところにずっと誰か来て質問などしてくれていたので,ほとんどどこにも行けませんでした。お名前を見かけて声をかけられなかった方もかなり多く。発表者としてはもちろん大変嬉しいことなのですが,非常に残念でした。

Remo

難しい

Remoはアカウントだけは取っていたのですが,まともに触るのは初めてでした。別の機会にとある大きめの研究会がRemoをテストしたけど運営が難しそうで結局本番では使わなかったという話も聞いていたのですが,運営の方から使い方について丁寧なマニュアルを提供してもらいましたし,私自身新しいツールはいろいろ試してみたい方なのでそこまで心配はしていませんでした。

しかし結果から言えば,事前のリハーサルに参加しておいてほんと良かったです。発表本番もそれほど万全というわけではなかったのですが,ぶっつけでやっていたらおそらくひどいことになっていたでしょう。運営がリハーサルの日時を最初の計画から大幅に拡大して直前の1週間どこでもできるようにしたのはほんと素晴らしい判断だったと思います。この点も感謝です。

上で紹介した松浦さんの記事でもいくつかRemoの特徴,使い方の難しさについて触れていますが,席数の制限のこともありますので,理想としては発表を複数日にまたがってするのが良いのではないかということを考えました。たとえばポスター発表なら3日間ともポスター貼りっぱなしで3日間とも特定の時間に質問・コメントを受け付けるといった形(どこかの国際会議がこんな感じでやってた気がするのですが思い出せません)。

複数日開催にすると運営はとても大変なわけですが,参加者が次の機会までに情報収集をしたり慣れたりすることができるかなと。まあでも大変ですよね。運営もたくさん人がいてそれぞれが柔軟に動け,参加者もある程度の「適当さ」を許容できるといった条件が重なれば実現できるんでしょうか。

テキストコミュニケーションの使い方

ここ1年くらいいろいろオンラインのイベントに参加した経験からはチャットでもけっこう質問やコメントが来るのではないかと思って定期的にチェックして,また私自身も「チャットでも質問を受け付けています」と書いたりしてみたのですが,結局チャットでの質問・コメントはなかったようです。これは意外でした。

ただ後で知ったのですが,チャットは入退出で消えてしまう仕様ということで継続性が厳しいみたいで。私のコメントも数回書き込んだのですが出入りが頻繁だと見た人はけっこう少なかったのかもしれません。イベントの性質上席を離れないということでもない限り,Remoに付いているチャット機能で研究の質疑応答のようなことをやるのは厳しそうです。松浦さんも書いている通りほかのサービスを使うとかですかね(しかしサービスが増えると別の大変さも出てきそうで)。

付箋は入退出で消えない仕様のようで,こちらでコメントをもらえたりして助かりました。付箋に名前を書いておいてくれた方を別のところで見かけて話をするということもできました。ただ,付箋自体に返信を付けたりすることはできないようで,たとえば発表者からの返信だと分かるように貼るのはちょっと工夫が要りそうでした。これが分かりやすくできると参加者全体にとって良いですよね。前の人が残したやりとりをきっかけに議論が深まったりするかも。私自身はあまり付箋をうまく利用できませんでした。せめて「付箋でも質問・コメント受け付けます」とか付箋で貼っておけば良かった。

おわりに:オンラインイベントとの付き合い方

コロナ禍下でさまざなことがオンライン化されて,私自身運営に関わったり参加者になったりする中で,特に何か困ったことや嫌なことに出会ったら「実は対面でも同じ/似たようなことが起きるのではないか」と考えるように意識しています。「オンライン」はどうしてもサービスやツールの存在感が大きいためか,良いことも悪いこともサービスやツールの話に集中しすぎてしまうような気がしていまして。

もちろんサービスやツールの個々の特性やそれらとの付き合い方というのは重要で,オンライン特有の問題点や良さというのも確実にあるのですけれども。「そういえばオンライン化される前もこういうことあったな」と思い至れるだけでも気が軽くなったりします(私は)。

松浦さんも書いているように,オンラインだからこその発表の方法というのが今後よりはっきりと見えてくると良いなと思うのですが,最初は慣れている形式(今回で言えばポスター発表)を試していくのも重要ではないでしょうか。

以前WAFL 14で発表した時に,ポスター発表は大きめのディスプレイに直接ファイルを映し出すという形式だったのが印象に残っています。ポスターを海外に持って行く大変さは減るわけですが,ポスターの作り方はディスプレイのサイズと形(横長)に影響を受けるわけで。オンラインじゃなくてもツールや場によってやり方を変えなくちゃいけないということはあるんですよね。

成人式とか自粛とか想像力とか

岩田健太郎氏の下記の記事を読んで,主旨には賛同するのですが読んで少し考えたことがありますので簡単に書いておきます。

georgebest1969.typepad.jp

はてブのコメントにも書いたように,冒頭で自己紹介をしているのが専門家として良いと思います(バズると特にその記事の著者についてぜんぜん知らない人にも読まれる可能性が増えるので)。私も専門に関する記事では自己紹介を書くことがありますがなかなか徹底できず忘れてしまうこともあります。この記事については必要ないと良いと思いますがせっかくなので書いておくと私は言語学を専門にしている研究者・大学教員です。

「大人」の勝手なお願い

前提としてこういう話で成人式を迎えるような人たち以外を「大人」と呼ぶこと自体ある種の分断につながるような気もするのですが,成人式を迎えるような若者だって大人なのでここから先は「若者」と「若者ではない大人」で呼び分けることにします。これもあまり良い案ではないような気がして,表現の選択が難しいですね。

岩田氏の「お願い」は重要で「若者」に限らずできるだけ多くの人が受け止めて検討してくれると良いなと思いますが,これまでの状況を踏まえると成人式を迎える人たちを含めた「若者」に「(若者ではない)大人がなんか勝手なこと言ってる」と思われてもしかたがないのではないでしょうか。

これまでほかの記事とかでも書きましたが,昨年末は飲み屋周りにも駅にも酔っ払って群れてる「若者ではない大人」の人たち,けっこういましたからね。

もちろん,そういう行動や状況に対して批判したり文句を言っている人もいたのですが,今回は発信者が岩田氏ということもあってこの記事がバズると成人式に関する「お願い」のみが目立ってしまって「若者」としては不当に責められている感じがしてしまうのではないかという心配もあります。

難しいのは,慎重な「若者ではない大人」も数としてはたくさんいるけれども,COVID-19の件で「自粛」している人は外出とかを控えるので見えにくくなってしまうということなんですよね。これは逆も言えて,感染防止を考えてさまざまな「自粛」をしている若者もたくさんいて,でも若者ではない大人には見えなくなっているということもあるのではないでしょうか。

想像力

私は「想像力を持(っ)て」という表現を使った注意喚起とか警句とかアドバイスとかはなんか苦手なんですよね。たぶん自分自身が想像力を働かせられなくて後で「しまった」と思うことが多かった(今でも)からなんでしょうけれども,自分が書く文章でもできるだけ使わないようにしています。

以前,まったく別のトピックの記事で想像力についてこんなことを書きました。

確かに「想像力」は知識や経験が及ばないところを補うという側面もあるのでしょうけれど,想像力の届く範囲はやはり何かしらの知識や経験をベースにするというところもあると思う
「やさしい日本語」についてちょっとだけ - 誰がログ

岩田氏の記事は想像力をそんなに働かせなくても考える手がかりになる情報やアイディアを提供していますので,「想像力」にあまりフォーカスが行かないと良いなと思います。特に他人を「想像力がないのか」というような形で責めるためのきっかけや材料に使うことがあまり起きないと良いなと。

「自粛」

「自粛」という表現に関する下記の記事でも書いたのですが,すべての人が何らかの形で関わりになる可能性が常にあるというのがコロナ禍のつらいところなんじゃないか,という実感は時間の経過とともに強くなってきています。

dlit.hatenadiary.com

こういうつらい状況の中では,特定の集団に対して「こうしてほしい」という話が出たときに「あいつらはどうなんだ」という反応があるのはある程度しかたないところもあると思いますが,変に不必要な対立を煽る方向に「雰囲気」が流れないでほしいです。

私は大学教員として「若者」に「お願い」している立場ですので大学教員としてやることをやるというのは当然として,「若者ではない大人」としても自分にできることを続けます。

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