誰がログ

歯切れが悪いのは仕様です。

45歳になりました

先月45歳になりました。

少し前だとこういう年齢はそこまで区切りっぽい感じはしなかったのですが、さいきんだと「アラフィフですね」みたいなやりとりが発生しますね。

若手扱いはさすがにされなくなってきました。それでも大学や研究周りでは年齢を答えると「まだそんなに若いの」というリアクションをいただくこともあります。現職着任後は数年ずっと自分が一番駆け出しという感じだったのですが、ここ数年で上の世代が一気に退職を迎えてなんだか急に自分のポジションが変わったような感覚があります。

身体の状態から年齢を実感するとともに、「あと〜年で何ができるかな」ということを考えることが増えたような気がします。

ちなみに先日紹介した著書の著者紹介では生年(1979年)を公開しています。

これはこれまで学会や大学の業務で研究者や大学教員の年齢を調べるというタスクを何回か経験して思ったより大変だったというのが1つの理由としてあります。年齢が条件になっている役職とか賞とかがあったりするんですよね。

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形態論(言語学)の教科書・概説書を書きましたので少しだけ補足と宣伝

はじめに

乙黒亮さんと共著で『形態論の諸相 6つの現象と2つの理論』という本を書きました。刊行は10月10日でもう少し先ですが、Amazonほかで予約もできるような段階ですので先に少し宣伝しておきます。

以下のくろしお出版のページに詳細な情報が載っていて、書影の下にある「サンプルページを見る」から「まえがき」「目次」と各章の冒頭部分を読むことができます。

この記事では本書には直接は書かれていない私個人の見解などについて少し補足のようなものを書いてみます。重要なところはあとで個人サイトの方にまとめなおすかもしれません。

どういう特徴があるか

言語学の形態論という研究領域の教科書です。教科書としては従来(特に和書では)あまりまとめられてこなかった内容もいろいろあるということもあって、説明に比重を置いた教科書になっています。そのため、概説書としても読めるものになっていると思います。

どのようなトピックを取り扱っているかというのは書籍の紹介に書いてあるのでそのほかのことで少し補足しておくと、形態論の中でも屈折形態論を中心にしているところがポイントです。日本で言語学を勉強する場合に日本語学か英語学がきっかけになることが多いと思うのですが、そのためにかえって屈折形態論に触れる機会が少なくなりがちなのではないかという実感があります。

まだあまり専門的な文章としては書いたことがありませんが、日本語については、屈折形態論(いわゆる活用)が文法論の方で取り扱われることが多いという事情が関係していそうです。背景には日本語の膠着的な性質があるのかな(学史的な理由もあるのかも)。日本語学の講座ものでも「形態論」という巻が立てられることはあまりなく、屈折形態論は文法で、派生形態論は語彙・辞書のようなところで扱われていることが一般的だという印象があります。英語の方は現代英語がそこまで屈折が豊かではないため、ごく簡単なイントロで扱うには良いとしても研究対象としてはそこまで盛んではありません。本書を読むと分かりますがそれでもちゃんとやろうとするとなかなか簡単ではなかったりするのですけれど。

一方、日本語も英語も複合語や派生の方は面白い現象がたくさんあって研究テーマとしても人気ですし、派生形態論に関する教科書、概説書、入門書は充実している言えそうです(これからも増えそう)。複合や派生はそれだけ研究してもそれほど困らないかもしれませんが、関連する屈折をどう考えようかという問題が出てくることもありますので、そちらに興味がある人たちの助けになることがあると嬉しいですね。

ちなみに私は日本語を対象にして屈折形態論も派生形態論もどちらも研究していますが、どちらがメインの話なのかによって論文や研究発表に興味を持ってくれる人が分かれているなという実感を持つこともあります。

どのような教科書か

さて、教科書としてもいくつかの明確な方針があります。もちろん、どこまでできているかの判断は読者の皆様を待つしかありません。

レベル

「入門」「初級」「初学者」の次のステップをカバーする教科書です。概説書としての側面はありますが、全体としては、初学者向けの入門書ではありません。特に、分散形態論のベースになる生成統語論の解説はほぼ諦めました(もちろん内容との関連によって補足しているところもあります)。それも入れて乙黒さんにLFGの解説も入れてもらったらかなり貴重な豪華版ができあがると思いますが、時間とかページ数とかお値段とかいろいろ厳しいです。

これは、形態論入門のような最初のステップから、実際に自分が研究で使えるようになるまでの間をつなぐ「中級」に当たるような教科書がなくて困るのではないかという問題意識が背景にあります。入門書の次は自分で専門的な文献を探して勉強していくというのが王道ではあるのですが、専門的な研究はどんどん先に進んで行きますので、こういうやり方はどんどん難しくなってきているのではないでしょうか。

そのため、理論的なところについては、形式的なところはできるだけ具体的に書くことにしています。記号が苦手な方は大変かもしれませんが、実際に文献を読んだり自分で何かの表示を書いたりしなければならない場合に、どう読めば/書けば良いのかということについてサポートできると思います。分散形態論については、専門的な文献でも語彙項目や形態操作があまりちゃんと書かれないことがあり問題だと思っていまして(ごまかしや間違いになっているものもたまにある)、できるものはすべて形式的に書いてあります。

ちなみに、分散形態論については日本語で読めるものもだいぶ増えてきましたが、形態理論としての解説は実はまだそれほど多くなくてその点ではやはりレアな本になっています。これほど形態操作についての話が出てくるものはなかなかないのではないでしょうか。乙黒さんがご専門のパラダイム関数形態論については、日本語でここまで詳細な解説が読めるということ自体がものすごく貴重です。

ただし、全体のイントロである2章と6つの現象を取り扱った章の導入部分はかなり入門的な内容も入っていて「語幹」や「語根」といった超基礎的な用語への簡単な解説もありますので、ここだけを使って形態論の入門の勉強をしたり授業で導入に使ったりということは十分できると思います(場合によってはより易しい入門書や用語辞典によるサポートは必要かもしれません)。

練習問題

基本的な理解を確認する問題と、発展的な問題がそれぞれの章に付いています。

特に基本的な理解を確認する問題としては「○○語の××の屈折に関する表出規則/語彙項目を書きなさい」のようなかなり具体的な練習問題が付いています。これは上に書いたように、実際に文献を読んだり自分で論文を書いたりすることができるようになるために、ということを念頭に置いています。

言語(データ)

おおよそ30ほどの言語が出てきます。もちろんその中にはちょろっとしか登場しないものもありますが、自分の知らない言語のデータについて考えるトレーニングにもなるでしょう。例文にはグロスをフルで付けていますし、屈折のパラダイムについても関係のあるところはできるだけまとめて載せています。教科書としての都合上、参照している文献からの引用を基本にしていますので、同一の言語についてでも本書内で分析方法など扱いが異なることがあります。各言語について知りたい場合は元の文献かほかの専門書に当たるようにしてください。

ちなみに、言及数で見ると一番多いのが英語、ついでラテン語です。英語はいろいろな文献のイントロや簡単な例示で使われることが多いからですね。ラテン語は形態論の研究史上、チャレンジする研究者が多い言語なので。

文献

できるだけ文献への言及を少なく抑えないようにしました。文献に関する情報とどのように言及されているかという点だけでもかなり貴重な情報が含まれていると思います。

訳語

定訳がない、あるいは日本語の対応する表現がない専門用語もかなりありましたので、新しく訳語を考えなければならないことがけっこうありました。また、定訳がある用語についても検討したものもありました。面白い話題なので別の記事で後日改めて書きます。「消す」関連の用語が多すぎなんですよね…(ellipsis, deletion, impoverishment, obliteration, ...)

おわりに

分散形態論をはじめ、形態論全般についても私のところに来る相談の多くは「自分の一番の専門は形態論ではないのだけれど、関連で形態論のこともやらなければならなくなった。どのように勉強したら良いですか」というものが多いです。本書がドストライクで必要になる学生や研究者の方がどれくらいいるかはそこまで自信が持てないのですが、自分の専門でない領域のことについて専門的な文献や情報を調べるのはかなり骨の折れる作業ですし、この1冊があって思いがけず助かったという存在になれるのではという期待があります。

もちろんこの本に触れて形態論をやりたいと思ってくれる人が出てきたらこれほど嬉しいことはありません。形態理論もほかにもいろいろありますし、興味のある方はどんどんチャレンジしてみてください。

ほかにも、分散形態論周りのもう少し専門的なこと、訳語のこと、共著者の乙黒亮さん、編集者の荻原典子さんのこと、LaTeXによる執筆・組版のこと(組版はぜんぶ乙黒さんがやってくれました)など、いろいろ書いておきたいことがありますが、長くなったので後日別の記事として書きます。

おまけ

形態論がどのような研究領域なのかというのは、下記の音声付きスライド動画を見るとなんとなくつかめるかもしれません。ただこれは解説用というより、再利用可能な授業の教材として提供しているものなのでこの状態ではあまり分かりやすいものではないかもしれません。


www.youtube.com

研究倫理と学校教育について少し気がかりなこと

はじめに

大学より前の学校教育(中学、高校)における研究倫理の取り扱いについてさいきん少し気になることがあり、記録としてメモしておきます。

下に書くことが私の杞憂だったら良いのですが、単なる伝聞や推測だけでなく、私個人が関わったケースも複数あります(多数ではないので例外であってほしい)。ただしいずれも私的なやりとりですし、生徒が関わることですので具体例に関する詳細は書きません。そのため、学校教育が身近ではない方にとっては特にわかりにくい記事になってしまうかもしれません。

なお、私は大別すると人文系の研究者ですので、記事では人文系の研究を念頭においていますが、一口に「人文系」といってもさまざまな分野があり研究テーマやアプローチもいろいろありますので、網羅的に考えることができているわけではありません。

中学や高校での「研究」

研究や教育に日常的に関わっていない方でも、SNSなどで中学生や高校生の「研究」の話や成果を目にする機会はそれほど珍しくないのではないでしょうか。ニュースになるのはたとえばプロの研究者並みに成果が出たケースが多いですが、大学のライティングの授業で話を聞くと高校までで卒業論文(のような位置付けのもの)を書いた経験があるという学生はそれほど珍しくありません。

SNSやオープンキャンパスで見かける中にもすでにかなりの専門的な勉強や研究をしている高校生はいて、自分の分野についてでなくても研究者・大学教員としては嬉しく思います。研究の裾野を広げるとか、理解者を増やすという点から見ても良いことでしょう。将来その道に進まないとしても、多くの人がどこかで体験してくれているというのはその業界にとって重要なことです。

もちろん研究はプロの研究者だけの専有物ではありませんのでこういうこと自体が問題というわけではありません。さいきんでは研究者によるアウトリーチ活動も盛んですし、体験型の授業(公開講座、模擬授業)やあるいはSNSなどで研究者から「気軽に研究に挑戦してみて」といったことを言われたことがある生徒も少なくないでしょう。

気になること:研究テーマ

では何が気になるかというと、テーマや手法によっては気軽に取り組むのが危うい研究もあるということです。

人文系では人を対象にした研究が多いです。直接の対象は資料という研究ももちろん人文系の核ですが、資料を通して人について考える研究も多いですよね。

人を対象にするという点では、実は人文系の研究(の一部)は医学などに近い側面があります。非専門家が人を対象にした医学的な研究を行うのはそれほど専門的な知識がなくても危ないと判断できる人が多いと思います。一方、人文系のアプローチだとその辺りの危うさに気付く感覚というのはあまり一般的なものではないのではないかという気がします(人文系の分野間でも違いがあるかも)。ただ「調査とは迷惑なものだ」とか「分析には暴力的な側面がある」というような警句はどこかで聞いたことがある人もいるのではないでしょうか。

最初に書いたように具体的なケースについては書きませんが、危うさが分かりやすいテーマ・トピックとしては、たとえば何らかの「差別」が関わることとか、何かの被害にあった人が対象になることなどを考えてみてください。

これが大学だと、授業の担当教員に相談してみたり、ゼミなんかで指導教員や大学院生から指摘されることによって、その研究テーマや研究手法の危うさ、難しさに気づき、それでも実行する場合は指導を受けることができるわけですが、中学、高校だと運良く教員や保護者などが専門的な知識を持つような場合を除いて同じような環境を用意するのはなかなか難しいのではないでしょうか。

研究テーマ自体に問題があるわけではないが、調査や分析を慎重にやらなければならない、というパターンで先行研究がある場合はさらに判断が難しそうです。前例があるわけですからね。テーマによってはそういう研究、調査の難しさについて文献内で説明がある場合もありますが、分量に制限がある場合やその分野では十分共有されている問題意識については書かれないこともあります。

研究環境の向上

大学教員の皆さんは「その問題は昔からあるよね」と思うでしょう。それはその通りだと思うんですが、研究環境の向上と次に書く入試の関係で危うさが大きくなっているという心配があります。

研究環境の向上とは何かというと、研究に使えるデータや資料の多くがオープンになり、研究に使えるツールも広く公開されているものが多くなってきているということです。もちろんこれ自体は素晴らしいことで、研究者としても大変助かっています。

テキストマイニングやプログラミング、統計分析に関するツールやマニュアル・ガイドはwebを探せば豊富にあり、生成AIのサポートもあります。アンケートはwebで行う方法が確立されてきていて、今は社会調査法の教科書でも取り扱われていたりします。

その気になれば、中学生や高校生(場合によっては小学生)でも形式上は研究を行える研究テーマやアプローチが以前よりは増えているのではないでしょうか。こういう環境や情報に比べると、「こういう研究テーマには慎重に取り組む必要がある」といった類の情報は、webでは得にくいという体感があります。書籍で読む必要があり、また理解するハードルも高かったり。

これは何も中学生や高校生だけの問題ではありません。今でもときどき非倫理的な分析や考察がwebで話題になることがありますが、この先増えてもおかしくないと思います。

入試などにかかわる問題

もう1つの懸念は入試に関わることで、特に総合型選抜のような形態の入試との関係です。一口に総合型選抜と言っても何が評価されるかというのは大学や学部によって違うでしょうが、研究に対する積極性を評価するところは少なくないでしょう。

今後総合型選抜が拡充されたり、あるいは総合型選抜の中での競争が激しくなると、中学生や高校生の段階でインパクトのある「研究」成果を出すための無理が増えてしまうこともあるのではないかというのが私の心配です。プロの研究者からの類推だとまずは剽窃や捏造などの研究不正が思い浮かびますが、それに加えて、人を対象にした研究だと調査対象へのネガティブな影響が心配です(たとえば人権侵害に当たるようなインタビューやアンケート調査など)。

総合型選抜に関しては、たとえば下記のまつーらさんの記事にあるように階層の固定化などがよく問題として言及されますが、研究分野によってはこういうネガティブな影響も出てくる可能性があるのではないでしょうか(心理学なども似たような懸念がありそうだと考えています)。

総合型選抜の効果・影響を論文からまとめてみた|まつーらとしお

対策?:研究倫理の教育など

さて、このような問題がもし私の杞憂でなかったとして、中学校や高校の実際の教育現場でどう対応するかというのは難しいところでしょう。

自然科学分野に関してはすでに高校までの研究倫理教育に関する調査・研究があるようで、研究倫理に関する教育自体は行われているが十分ではないという研究が多そうです。ただ網羅的に文献を調べたわけではなく、さいきんはより状況が改善されている可能性はあります。

中等教育における研究倫理教育の実施状況調査とe-ラーニングとグループ討論によるリメディアル教育

剽窃や捏造といった研究倫理上の問題に比べると、上で述べた「慎重に行うべき研究テーマとその取り組み方」というのはさらに教育や周知が難しいのではないかという気がします。アンケート調査も、たとえば同意書・撤回書の作成といったテクニカルなところは経験者でなくても分かりやすいと思うんですけどね。

おわりに

上では調査対象者が被害者になるという視点から述べましたが、たとえば研究倫理上問題がある研究を行ってしまったために総合選抜などで低い評価を受けたら生徒にもネガティブな影響がありますし、ほかにもさいきんだと良い研究をしたと思ってSNSで紹介したら炎上するというようなケースが考えられます(良い動機と問題意識から問題のある研究がなされる可能性も十分あります)。

もう1つやっかいな問題は、研究倫理に関する教員の知識です。まずはもう今現在教員のやらなければならないことというのは多すぎるので、さらに研究倫理教育もやれというのは酷です。

人文系についての事情としては、人文系の研究倫理はもちろん以前からあるものの制度的な整備が進んだのは比較的さいきんということがあって(たぶん)、大学生のときに自分がそういう研究倫理を気にする必要のある研究をしていた学生以外があまり体系的に学んでいない可能性があります。また、そういうことを大学生時に学んでいた場合も、研究倫理はアップデートされることがあるので(実際、昔取ったデータが今の研究倫理の水準では使えない、というようなことが私の周りではありました)、教員をやりながらそういう情報を定期的にフォローするのはやはり大変でしょう。

こういう問題の一部でも高大連携でなんとかなるところがあるのでしょうか。

私自身少し学校教育に関わることがありますので、個人的につながりがあるところではできるだけ情報提供やサポートをしたいのですが、ここ数年の体感としては、もう少し組織的というか分野のような大きなまとまりで考えた方が良い問題なのではないかと考えています。

私が知らないだけでそのような取り組みをしている分野や組織は実はいろいろあるのかもしれません。教えていただけると大変助かります。