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歯切れが悪いのは仕様です。

『日本語に主語はいらない』に突っ込む:(7)主語の必要性と主語という概念の必要性

 大分遅くなってしまいましたが、今回はイントロの記事に寄せられたさらりーまんさんのコメントにお答えする形で少し考えてみようと思います。アメリカには金谷氏の本を持ってきていない(というか図書館に返してしまった)ので、今回は本文にはあまり触れないことにします。
 コメントは上のリンクから読めますが、必要なところを引用しておきます。

ところで、本当に「日本語に主語はいらない」のでしょうか?

実業界では、日本語で書かれた書類を外国語に翻訳して用いる機会が増えており、そこでの誤訳が問題になってきています。日本語原文で省略された要素を翻訳者が推測して補わなければならないことが、原因のひとつだろうと思われます。こうした実用的な意味合いから、少なくとも書き言葉において主語という概念を廃止することは、日本語原文の曖昧さを助長することになるので望ましくないと考えます。

ぜひ、専門家の立場から、主語不用論者を論破してください。

 ここ、結構重要なポイントだと思うのですよね。端的にまとめると、問題は次の二つの命題間の関係です。

  1. 実際の文(発話)で主語と呼べるような要素が必要かどうか。
  2. 日本語の文法研究において、「主語」という概念が必要かどうか。

 で、主語不要論というのは2の問いに対して「必要無い」という立場です。一方、さらりーまんさんのコメントで主張されているのは、1の問いに対して「省くとわかりにくくなるから必要なんじゃないか」という立場ですね。
 この二つの問題はとても密接に関係しているのですが、時々これらを混同してしまうことで、主語に関する議論が錯綜してしまうこともあるようです。以前紹介した2ちゃんの議論などでもしばしば問題として指摘されていました。
 1のような実際の言語「使用」における主語(と呼べるかもしれない)要素の必要性は、それこそ様々な要因によって変化するでしょう。金谷氏もいくつか例を挙げていたように、日常の友人同士の会話などでは色んな要素を省きまくった方が母語話者っぽいかもしれないですし、さらりーまんさんの述べているような正確さが要求されるような場面では多少冗長に感じても、色々な要素をしっかり表現することが大事だと思います*1
 もちろん、さらりーまんさんの危惧はそのレベルではなくて「「主語」という概念がいらないとされてしまうと、「主語」(と今まで呼ばれてきたもの)自体があまり必要ないものだと捉えられてしまう」というところにあるのかもしれません。
 しかし、これは何も主語に限ったことではないですよね。目的語(に当たるような要素)だって省くとわけわからなくなることがありますし、意見を述べるような場合は接続詞も重要ですよね。これは話し言葉の場合でもそうです*2
 僕は以前、ある開発中のソフトのソースコードの中に書き込まれているコメントの英訳、というお仕事を手伝ったことがありますが、主語も目的語も省かれまくりで非常に苦労した覚えがあります。プログラミングに詳しくないと述語が自動詞か他動詞かもわかりませんからね…もちろん専門家が見れば一目瞭然の情報なのかもしれませんが、製品化や公開、ということになればやはりある程度冗長であっても正確な表現が好まれるのではないかと思います。
 というわけで、さらりーまんさんのコメントに対する僕の意見は、

  • たとえ主語不要論が文法論として妥当であるということになったとしても、曖昧さを避け、正確な表現が必要とされるような場面では主語(とそれまで呼ばれていたもの?)も、その他の要素も明示的に表すべき。また、母語話者、非母語話者に限らずそういったトレーニングは必要*3

 ということになると思います。これと同じことで、

  • もし主語という概念の必要性が日本語文法論において証明されたとしても、主語に当たるような要素をいつも明示しなければならないとういわけでもない。

 とも言えますよね。
 これ以上は日本語教育論と国語教育論の話になっていかざるをえないと思いますが…僕はどちらにも深く踏み込む度胸も知識も無いので、この辺りでやめておきます(^^;
 高校生の小論文や、大学生の卒業論文などをちょこちょこ読んできた経験からは、専門用語や難しい語彙に惑わされず、「わかりやすく論理的な表現」ができるようになるトレーニングって結構重要だよなあ、と思います。
 …うーむ、今回はどうも歯切れの悪い物言いになってしまったかなあ。本当はここから金谷氏の主語の定義の話とか、色々つながっていくところはあるのですが、今回はこんなところで勘弁してくださいm(_ _)m

*1:これの最たるものの一つに僕らが書く学術論文が挙げられますよね。

*2:もちろん、話し言葉の場合はその場ですぐフォローできるというような違いもありますが。

*3:まあもしかしたら教える方も習う方も「ガ格句」といったような術語に戸惑うことはあるかもしれません。