誰がログ

歯切れが悪いのは仕様です。

シンポジウム「生成文法の可能性」レポ

 昨日書くつもりだったんですけど、ちょっとした休憩のつもりが睡眠になってしまいました(^^;
※レポっていっても内容の説明とかは無しで自分の感想ぐらいしか書きません。あしからず。

朝〜午前中の講演

 高速バスで向かったため、早めの出発。眠し…
 午前中の講演は

  • "Phonetics as Brain Training" Michael Ashby(Senior Lecturer in Phonetics,University College London)

 phoneticsの知識が言語のperformanceにどういう影響を及ぼすか、プロのphoneticianの頭の中がどうなってるかっていうような話。内容は面白かったんですけど、僕自身の英語の処理能力がかなり落ちているということもあって詳しいレポートには自信が無いのでやめておきます。午後のシンポジウムとはとりあえず関係無いですしね。いやーまた英語がんばらなきゃなあ。

午後のシンポジウム「生成文法の可能性」

 最初に書いておきますが、全体として、基本的には生成文法(に関する各発表者の研究や担当領域)へのイントロ、という性格が強いものだったので、生成文法にある程度馴染みがある人にとってはあまり目新しい内容は出てこないものだったと思います。ただ、全く生成文法や言語学になじみの無い人にとってのイントロになるかというとそれも厳しかったかなあ、という感じ。「生成文法ってなんとなく知ってるんだけど…」ぐらいの人にとっては良い紹介になったのかな。専門ではない人たちから良く言われることですけど、「なんかよくわからない略語やジャーゴンばっかり使いやがって」っていう印象は否めないところだったでしょうねえ。
◆「生成文法の構想と方法」大津由紀雄(慶應義塾大学教授)
 生成文法の考え方へのイントロ。さすがというか発表内容の構成自体もプレゼンの仕方も上手かった。ただ、丁寧に話しすぎたせいかP&P, GBを紹介する前で打ち切られることに。この後の今西先生のお話へのつながりなんかを考えると、多少長くても大津先生がGB, 最近のMPまできちんと紹介した方が良かったんじゃないかなあ。
◆「生成文法と言語獲得」今西典子(東京大学教授)
 時間が無さ過ぎた。言語獲得の具体的な話にはほとんど触れることができず、P&Pアプローチの紹介、parameterのアイディアと言語のvariation、言語獲得とのつながりについての概念的な話で終了。もったいない。その辺りは上に書いたように大津先生に任せてもっと具体的な比較統語論と言語獲得研究について話が聞けてたらなあ、と。ただレジュメを見る限りではトピックがbindingだったので、あまりその方面に馴染みが無い人にとってはやっぱりついていくのが辛い内容になってたかも。
◆「言語の脳科学」酒井邦嘉(東京大学准教授)
 相変わらず話うめー。最初に「早期教育で右脳を鍛えましょう!」って広告のダメ出しから入ったのも良かったなあ。こちらはうってかわっていくつかの具体的な言語の脳科学研究の紹介で、非常に分かりやすかったのですが、それだけで話が終わってしまって生成文法の枠組みや研究目標とどのようなつながりがあるのか、という点に関してほとんど触れられなかったのが残念でしたね。まあ酒井先生には後半で質問が集中してたので十分そこで補えたと思いますけど。
◆「生成文法と言語の起源・進化」池内正幸(津田塾大学教授)
 池内先生が以前からちょこちょこ発言されている内容の整理、紹介という感じ。ただ、Culicover & JackendoffのSimpler SyntaxのアイディアやGoldbergのconstruction grammarなども紹介して、ちょっとした検討をしたのは良かったんじゃないかな。僕個人としては、Culicover & Jackendoffへの評価にはちょっと異論があるものの(この二人とChomskyの立場には実質的な対立は言われてるほど無いと考えているので)、construction grammarやusage-basedの考え方への疑問*1には頷くところあり、という感じでした。

「科学」としての生成文法研究

 これがフロアに、特に生成文法に馴染みが無い人たちに上手く伝わってくれてたらなあ、と感じたのですが具体的な言及としては全然出てこなかったので無理かなあ…
 例えば、大津先生の話で出てきた、「その時点で利用可能な知見、証拠、議論などを元にその時点で実現できる問題からとりあえずやっていく」というような生成文法の研究方略、酒井先生がディスカッションのところで何度も繰り返し言っていた「こういう証拠からはここまでしか言えない」という証拠の見方に対する姿勢、「fMRI, MEG, ERPなどがそれぞれ持つ特徴とそこから引き出せるデータの限界」という観点の重要性への言及、池内先生が強調されていた、「言語の起源・進化という問題はまだ具体的に検証できる議論としては厳しいものである」という現状認識や「そもそも言語の起源・進化という問題を科学的に扱いうるのか」という疑問の紹介など至る所に現れていた、「論証/実証するプロとしての科学者」が持っている検証、証拠、理論への慎重な姿勢、こそが重要な点なんだよなあ、とそれぞれのお話や質疑応答を聞きながら考えていました。
 この辺り、専門では無い人からの誤解の多いところでもあるので特に実情を知ってほしいところなんですけどね。まあ実際にはそれができてない生成文法の研究者や研究もあるので、難しいところなんですけど。

"UG(普遍文法)"の捉え方の多様性(私見)

 フロアからの質問タイムで僕もちょっと質問したのですけれど、例えばStrong Minimalist Thesisなどで言われるUGと言語獲得、比較統語論で出てくるparameter settingの議論で言われるUGとの間にちょっとした乖離があるような気がするのですよね。それはUGという概念の定義、捉え方の問題、UGの内容に関する実質的な問題、あるいは両方の問題である可能性もあると思うのですけれど、この点に関してはもしかしたら聴衆の間で混乱された方もいるかもしれない。
 そうそう、最近のUGの捉え方に関しては以前こんなエントリを書きましたが↓

今回の発表を聞く限りでは大体こういう認識の仕方で間違ってないようです。
 そこのエントリには色々私見も書いたのですが、まあMerge(併合操作)がUGの核であるというのは良いとして、それ以外のparameterに関する情報が全て語彙情報に詰まってる、ってのは結構無理があるんじゃないかなあ。あと、bindingとかGB時代に考えられてた色んなparameterをインターフェイスなどに移すことが可能だったとして、それらがlanguage-faculty-specificではない、ということを示すのは骨が折れそう、というか具体的にどうやって示すんだろう、とか。
 というわけで、UG(language faculty)の核としてのMerge(+α)を想定する、ということと言語獲得の初期状態としてのUGというのはもしかしたらちょっとぐらい違っていても良いんじゃない、ってなことを思うわけです。もちろん、違っていても良い、というのはあまり研究の指針にはならなそうな気がするので仮説としてできるだけ一緒にする方向で進める方が良いんでしょうけどね。
※追記
 これは実は酒井先生のやってるような研究につながっていく疑問(あるいは期待)でもあって。
 ある刺激に対して言語能力に関する脳の特定の部位、文法中枢が活性化されたとして、それはUGの何に対しての活性化なのか、あるいはそれを調べることのできる実験はそもそも作れるのか。Mergeというのは非常に一般的な操作でsyntaxが絡んできたらほぼ関係してくるものですから、syntax-relatedな刺激に対しての反応が(他の何かの原理ではなく)UGの核であると考えられているMergeによるものであるという絞込み自体が行えないかもしれない、なんてことになったりしないかなあ、と。この辺りshokou5さんに聞いてみたいところです。

reference...

 negenさんところでも最近パワポ発表の問題について触れられていましたが、今回一つもパワポ発表の印刷したものはもらえず…まあイントロ的なシンポジウムなんでプライオリティがどう、なんて問題は無いんですけど、引用文献の情報が全然無い…唯一レジュメがあった発表でも紙幅の都合で引用文献は全部削ったとか言うし…
 もちろん発表中で重要なものに関しては書誌情報が載せられているのもありましたけど、そんないちいちメモ取りながら聞いてたら発表に集中できませんし、まあ慣れてる人はChomsky(1995)とかだけでなんのことを指してるか分かるとしても、例えば「ふーん、もっと勉強してみようかな」と思った人に対しては優しい発表だったとは言えなかったような。ただそもそもそれぞれのパワポの最後にも文献情報は無かったなあ。
 というか個人的に文献情報が欲しかったです。「研究者名は載せたんだからググレカス」ってことかしら…
 とりあえずこんな感じで。また思いついたらなんか書くかな。書かないかな。
※追記2:(たぶん)自己解決した問題
 上のUGの話にも書いたように、Chomsky, Hauser and Fitchなどで明確にされたように「recursiveである」ということが言語機能(syntax)の根源的な性質である、という予測が立てられているわけですが、意味論、音韻論に出てくるけどsyntaxとは関係無さそうなrecursiveな体系、って無いのかなあ、とふと思いました。
 具体的な例としてはProsodic Phrasing(mora→syllable→prosodic word→major phrase...)なんかの階層性はそうじゃないかなあ、と思ったのですがよく考えると、mergeでできるrecusiveな構造にはなってないかなあ。一応minor phraseのレベルだとrecursiveな作り方をするってPoserのdissertationにあったりしますが、そこまでくると形態論的に大きな単位になるので、もうsyntaxで取り扱えちゃうだろうなあ。
※追記3:追加の感想
 いやー大きなプロジェクトだなあ、と。そういえばポスターも立派だったし。ただでもらえた、これまでに出された報告書にもいくつか面白そうな論文があったので嬉しかったですね。あと、屈折(inflection)もsyntacticな現象なんだよ、とか複合語なんかにもMergeが関わっていそうで…っていう発言がちょこちょこあったのに激しく頷いたりしてました。

*1:批判というほど強い言い方はしてなかったですね。