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用語「理系」「文系」撲滅試論

そろそろ「理系」「文系」という言葉の使用を禁止してはどうか。less than a minute ago via Tween

※注意点:私は理系文系学の専門家ではありません。

はじめに

 「理系」「文系」という言葉を使い続けるにはデメリットが多く、特に使い続ける必然性も特に思いつかないので、いっそのこと使用を一切やめることを提言する。
 なお、本稿では言葉の使用のみに焦点を当て、教育システムの問題は取り扱わない。

「理系」「文系」という言葉の問題点

1. 定義が曖昧である

つまるところ、まともな議論がしたい場合には、「文系/理系」を

  • 高校での所属科、入試に必要な科目、大学での学部/学科などの被教育歴
  • 大学やその後携わっている専門分野の性質
  • 職種

などで区別するのか、それとも

  • 文章の書き方や論の進め方における特徴、あるいは得意な技術
  • 「理屈っぽい」とか「感情的になりやすい」とかいう漠然とした性質

に対する手近で適当なレッテルとして用いるのかぐらいは意識しないと、大分すれ違いが起こりそうだよなあ、という気がします。
理系文系論メモ:文系としてのアイデンティティ - 思索の海

 定義をすりあわせてから議論を始めること自体が困難である場合も少なくない。また、この曖昧さの危険性は、そこに起因する誤解やすれ違いが罵倒や殴り合いまで発展することがあるというだけではない。定義が曖昧なために、「これだから理系/文系は…」という新たな偏見が生まれ、固定化されるのを防ぐことができない。

2. 特定の領域の代わりに使用されてしまうことがある
 実際には「理系」「文系」という言葉を用いていても、「物理学」や「文学」といった非常に特定の分野のことしか指していないケースがしばしば見受けられる*1
 このため、「文系には実証という過程が無い」などといったトンデモな発言さえ割とさらっと出てきてしまう。恐るべきことに、これはアカデミックな世界に職を持つ専門家から発せられることもあり、げに恐ろしきは「理系」「文系」という用語の魔力、といったところであろうか。この用語を使わなければ、たとえば上の発言は「哲学には実証という過程が無い」といったものになるので、後は哲学者にフルボッコにしてもらえばよい*2

3. 雑な一般化を誘発する
 1および2にも通底する問題である。この言葉が存在するために、「理系は〜」「文系は〜」という「理系文系性格判断」とでも呼ぶべき大変雑な一般化をしてしまうのではないかと推察される。
 自分の体験談や伝聞を含むごく少数の例からの一般化など厳に戒められているはずの大学院生やプロの研究者にもこの魔境に絡め取られてしまうものは少なくないという頭の痛い事実を考慮すると、血液型性格判断のケースのような啓蒙をするよりも、用語の使用を辞めてしまった方が効率的であると考える。

4. 他の「〜系」が新設し難いために、二分法に陥りやすい
 すなわち、理系=非文系、文系=非理系という意味で用いられてしまい、さらに話がややこしくなる危険性がある*3。1で述べた「定義が曖昧である」という特徴とコンボになることにより、実際にそれを見抜き指摘するのは案外難しいようである。
 なお、第三(以降)の勢力として有力なものにはすでに「体育会系」があるが、「理系」「文系」と同じく定義が曖昧であり、さらに「理系」「文系」と必ずしも排他的関係に無く*4、「体育会系」という用語使用の強化が新たな混乱を招く危険性もある。
 第三、第四、第五の「〜系」を作り出すことができればこの問題は回避できるかもしれないが、それならば既存の「理学部」「文学部」「経済学部」などを使用すればよい。

 以上の問題は、「理系」「文系」という用語を速やかに廃止することによって簡単に克服されるものと考えられる。

代案

 通常は「理学部」「工学部」「文学部」「物理学」「文学」「経済学」「心理学」などを使用すればよい。どうしても上位のカテゴリを使用しなければならない場合は「人文(科)(学)(系)」「社会(科)(学)(系)」「自然科学(系)」を使用することを提案する*5。実際、筆者はここ数年理系文系問題に言及する場合以外はそのようにしているが、特に支障は無い。
 筆者の私的体験という確たる証拠を示したが、不安な方のために具体的な会話例も示しておこう。

Before
A: B君の進路は理系?それとも文系?
B: 理系
A: へー数学大変だね!

After
A: B君の進路は理学部?それとも文学部?
B: 理学部
A: へー数学大変だね!

全く問題無いのが明らかだろう。さらに蛇足ではあろうが、「理学部と理系ってどう違うの?」「しっ!「理系」って言葉は使用禁止だろ!誰かに聞かれたらどうするんだ...」「ごめん、でも「理学部」ってよくわからなくて...」「しょうがないなあ」...のように、会話が発展していく希望も見込まれるという点についても触れておきたい。

さらなるメリット

 「理系」「文系」という言葉の上での単純な二分法を無くしてしまうことは、どちらかと聞かれると困ってしまう分野(心理学など)の人々や、「数学の必要性」が大変重要なファクターであるにも関わらず、「理系」じゃなくて「理数系」だろ!と主張することの無い*6奥ゆかしい数学徒諸氏にも、眉をひそめる機会の少ない社会を提供できるものと信ずる。

考えられうるデメリット

 用語「理系」「文系」を使用しないことによるデメリットはあまり思いつかないが、唯一「理系の人々」シリーズ

理系の人々

理系の人々

などのタイトルを今後どうすればよいのかというのは頭が痛い問題である。

おわりに

 本稿では、数学が苦手で理学部・工学部以外を選択→卒論で突然統計が必要に→学生「えっ」教員「えっ」というような問題には踏み込むことができなかった。これは教育システム上の問題とも深く関係するので、理系文系学自体の発展とともに今後の研究の進展を望むものである。

*1:単に他分野のことまで考えが至らないのか、戦略的に行っているのか、というのは興味深い論点であるが、稿を改め論じることとしたい。

*2:哲学者の食指が動くかどうかは別の問題である。

*3:筆者の体験では、後者の方が多く観察された。

*4:ガチ人文系学部の学生でありながら、体育会系の部活に所属してジャージで授業に来たりしていたために、当初一部から「女子学生目当てに授業に来てる体育専門学部の人」という疑惑さえかけられていた私のようなケースを考えてもらえばよい。

*5:どうしても必要な場合は「いわゆる」付きで「理系」「文系」の限定的使用を許可する、という案も考えられる。

*6:少なくとも筆者は見たことが無い。