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役割語と翻訳、「外国人」のステレオタイプに関する読み物をいくつか紹介

はじめに

 下記の記事が話題になっていて気になったので、簡単な(断片的な)読書案内などしてみます。色々考えていることもあるのですが、今いろいろなものに追われまくってて詳しく書く余裕がありません…

役割語について簡単な読書案内を書きました。基礎文献の

についてもこちらをご参照ください。

 社会言語学、社会学、ジェンダー論、翻訳・通訳論から同じような問題を取り扱っている本も色々あるのだと思いますが、僕が詳しくなさすぎるのでここでは取り上げないことにしました。特に社会言語学、ジェンダー関連については誰か補足してくれないでしょうか。

おすすめ:金水敏『コレモ日本語アルカ?―異人のことばが生まれるとき』

 ものすごくおすすめです。ここ一年ぐらいで出た日本語学関係の書籍で一般向けに良い本を(一冊だけ)選べと言われたら、まずこれを挙げることにしています。「そうだったんだ!日本語」という専門の研究書とは違う位置づけのものなので、日本語研究にそれほどなじみのない方でもけっこうおもしろく読めるのではと思います。

 本書は<アルヨことば>(例:それ、あなた。すこし、乱暴あるネ。)を中心に、役割語と「外国人」のステレオタイプについて取り上げています。以下序章から引用。

 これらの台詞を話しているのは、どのような人物かと聞かれたら、多くの方は「中国人」と答えるのではないだろうか。しかし、身近に中国の人たちと接している方々は、今、彼らがこんな話し方をしていないことを同時によく知っているだろう。なぜ、この台詞を中国人が話していると私たちは感じるのだろうか。
(中略)
 本書の課題の一つは、<アルヨことば>が現実の話し方に基づいているのか否か、あるいは歴史的にどのようにして中国人等の外国人話者と結びつけられたのかということを明らかにすることである。
(同書、pp.3-5)

 この後、資料・言語データを丁寧に取り上げながら、<アルヨことば>の全体像、成立の背景を探っていきます。

役割語とフィクション、(「外国人」に対する)ステレオタイプの関係について考える良いきっかけになる本ですので、ぜひ多くの方に読んでもらいたいと思っています。
 あとがきからまた引用。

…。<アルヨことば>をしゃべる中国人のキャラクターの、とぼけた味わいが好ましかった。
(中略)
 しかし今、その発生と継承の歴史を調べていく中で、<アルヨことば>の使用と中国人に対する日本人の侮蔑意識という政治的文脈とが分かちがたく結びついていることを知らされた。またその研究の道筋で、満州ピジンの存在も知った。
(中略)
 本書に記してきたことを踏まえるなら、もはや政治的な文脈への配慮なしに軽々に<アルヨことば>を用いたり論じたりすることは慎まれるべきである。本書に記したこのことばの背後にある歴史についての知識や、またそれに伴う配慮が、新たな日本の常識になることを願ってやまない。その一方で、子供のころから好きだった<アルヨことば>の歴史をきっちりと描き出し、ある意味で永遠に供養したいという願いもまた本書の執筆を強く支えていたのである。
(同書、pp.215-216、強調はdlit)

 少しでも気になった方はぜひ手に取ってみてください。
 これ一冊読むだけで、日本語に役割語として機能する表現が色々あるからといって、それらを「日本語はそういうもんだ」とか「フィクションだからいいだろう」とか「わかりやすくて便利なんだ」と言って肯定的に評価することがそれほど単純な話ではないということを実感できるのではないかと思います。

役割語と翻訳、「外国人」

 このテーマについては役割語研究方面でも研究が進んでいて、以前のエントリでも紹介した

に所収の

  • トーマス・マーチン・ガウバッツ「小説における米語方言の日本語訳について」
  • 依田恵美「<西洋人語>「おお、ロミオ!」の文型ーその確立と普及ー」

に所収の

  • 太田眞希恵「ウサイン・ボルトの“ I ”は、なぜ「オレ」と訳されるのか ―スポーツ放送の「役割語」―」
  • 細川裕史「コミック翻訳を通じた役割語の創造 ―ドイツ語史研究の視点から―」
  • 本浜秀彦「「沖縄人」表象と役割語 ―語尾表現「さ」(「さぁ」)から考える―」
  • 依田恵美「役割語としての片言日本語 ―西洋人キャラクタを中心に―」

などが参考になると思います。ただこの二冊は基本的に論文集なので、研究論文を読むスキルがある程度ないと大変かもしれません。
 方言に関するステレオタイプ、差別も重要なテーマですね。僕が最初に役割語の話に触れたときに一番印象に残ったのは実は「ヒーロー(主人公)は標準語を話す」という話でした。

おわりに

 役割語(研究)はマンガなどを取り上げることも多く、日本語研究の中では(なじみがない人も)触れやすいテーマの一つだと思いますが、社会言語学的に重要な、ひいては「社会でことばとどう向き合うか」について考えるにあたって重要な問題につながっていることも多いです。このような問題についてもやもやしている人にとって少しでも参考になれば幸いです。