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歯切れが悪いのは仕様です。

ラーメンズで言語学(2):「熱が出ちゃって」「どこから?」述語と項のお話

 ブログ開設10周年記念エントリの第二弾です。第一弾はこちら
dlit.hatenadiary.com
結局2016年内には書けませんでしたが、一応ブログ開設日には間に合ったということで。
 ちなみにラーメンズで言語学の第一弾は
dlit.hatenadiary.com
5年以上前ですね…まあこのブログでは珍しいことではありません。
 本当はもっと関連文献や推薦図書について調べて盛り込みたかったのですが、それだといつまでたっても書き上がらないのでもうこれで公開してしまうことにしました。
 …ってこれ書いてたらラーメンズからYouTubeで動画が見られるようになったとの発表が!

なんと素晴らしい。さて、

【注意点】

  • 当然のことながらネタバレを含みます。
  • いわゆるお笑いのネタを学問的な題材にする、野暮な試みでもあります。理屈付け(のようなこと)が好きでない方は読まないが吉かもしれません。特にラーメンズファンの方はご注意ください。
  • 発話者名は演者名の「小林」「片桐」で統一します。
  • 文字起こしはそれほど正確ではありません。

 ただ、今回は第一弾と違ってネタそのものを分析するというよりは、ネタを導入にした言語学の用語紹介といった感じになっております。
ラーメンズの活動等についてはこの辺り:

題材

第13回公演『CLASSIC』「バニーボーイ」から

ラーメンズ第13回公演『CLASSIC』 [DVD]

ラーメンズ第13回公演『CLASSIC』 [DVD]

公式の動画がはれます。素晴らしい!

ラーメンズ『CLASSIC』より「バニーボーイ」

会話

小林の接客の問題点について検討するために再現してみるシーン冒頭
1 小林「どうしたんですかー 最近全然来てくれないからさびしかったですよー」
2 片桐「悪かったね、実はさー熱出ちゃって」
3 小林「あらー、どっからー」
4 片桐「いや…どっからっていうか、体から」

ついでにもう一つ

上記の会話の続きで、病院に行ったという話
5 片桐「…この医者大丈夫かなーと思ってちょっと不安になったんだよ」
6 小林「じゃあさ、一個聞いて良い?」
7 片桐「何だよ」
8 小林「 不安になる前は何だったの?」
9 片桐「普通」
10 小林「ってことは「普通」から「不安」になったんだね」
11 片桐「そうだよ!」

 ここで、上の小林の発話3「あらー、どっからー」はなぜおかしく感じるのでしょうか。
 端的に(やや専門的に)言うと、述語(ここでは動詞)がこの環境では現れないが他の環境では現れる項の内容について聞いているから、という感じになります。
 ここから先、この「述語」や「項」といった、一般的に「文」と呼ばれる単位の核になる要素に関連する用語について簡単に紹介していきます。

「文」の登場人物は述語が決める

 さて、これから出てくる概念を紹介するにあたって、物語、たとえば舞台等になぞらえるのが直観的に分かりやすいのではないかと思います*1。とは言っても私も舞台や演劇についてはそれほど詳しくありませんので一般的な語彙だけを使います、ご心配なく(逆に詳しい方にとっては違和感あるというようなことがあればご教示ください)。

述語と項

 まず、「述語」と「項」を導入します。両者ともきっちり考えるとけっこうややこしい概念で、また用語史のようなものも簡単には書けませんので(特に論理学との関係について書くのが大変)、ここではざっくり。
 「述語 (predicate)」は文の核になる要素で、文全体の性質(たとえば動きについて述べているのかものの性質について述べているのかといったこと)を決める力を持っています。具体例として分かりやすいのは動詞や形容詞等でしょう。
(1) 動詞述語文:小林が{項1} 片桐を{項2} 誉めた{述語}
(2) 形容詞述語文:小林は{項1} 厳しい{述語}
「項 (argument)」とは述語が要求する必須の要素*2のことを指します。
 物語になぞらえると、述語は作品あるいはシナリオ、項は登場人物*3、という感じです。
(1)の文を例に取ると、

  • 言語学の言い方:述語「誉める」は2つの項を取る(二項述語である)
  • 物語になぞらえた言い方:「誉める」という作品では、最低でも「誉める人」と「誉められる人」の2名の登場人物が必要である

という対応になります。どうでしょうか。少しはイメージがわきませんか。
 なんで述語が作品(シナリオ)なのかというと、述語が変わると必要な登場人物も変わるからですね。たとえば「大きな音が{1} 鳴った」では登場人物1つでよく、「小林が{1} 片桐に{2} プレゼントを{3} あげた」では登場人物が3つ出てきます。
 ちなみに、項に対して必須でない要素のことを「付加詞 (adjunct)」と呼ぶことがあります。たとえば「昨日雨が降った」の「昨日」のような要素で、述語が何であるかにあまり縛られません。お気付きの方もいるかと思いますが、項と付加詞の区別は難しいことも珍しくありません*4
 で、この項は厳密に言うと述「語」だけで完全に決まるわけではなく、その意味や他の要素との組み合わせによって変わることがあるのですね。
 上のラーメンズの例でいくと、「出る」は「小林が家から出た」のような場合は「○○から」が項ですが、「熱が出た」のような場合は「○○から」は基本的には必要でない(項ではない)わけです。それを無理矢理聞くので変に聞こえてしまうのでしょう。

意味役割と格

 さて、もう少し関連する概念を紹介しておきます。
 たとえば「誉める」では「誉める人」「誉められる人」の2つの項が、「あげる」では「あげる人」「あげられる(もらう)人」「あげられる物」の3つの項が出る、という話だったわけですが、項の持つ意味的な性質にはけっこう共通性があることが知られています。たとえば「誉める人」も「あげる人」も「何らかの動作をする人」なわけですね。
 そうやって「動作主 (agent):動作をするもの」「被動者 (patient):動作をされるもの」「起点 (source):ものの出所」のように抽象化したものを、「意味役割 (semantic role)」と呼びます*5
 物語で言うと、意味役割は(配)役のようなものでしょうか。たとえば「主人公」「親友」「ライバル」「敵のボス」…のような。
 さて、受動文といった構文の種類は場面、格 (case)は各場面での立ち位置のようなものとみなして、次の例を見てみましょう*6
(1) 能動文:小林が{項1・動作主・主格} 片桐を{項2・被動者・対格} 誉めた{述語・能動態}
(3) 受動文:片桐が{項1・被動者・主格} (小林に{付加詞1・動作主・与格}) 誉められた{述語・受動態}
これも専門的な言い方とたとえた言い方を比べてみましょう。

  • 言語学の言い方:受動態においては被動者の項が主格になり動作主の項は付加詞になる
  • 物語になぞらえた言い方:場面が(受動文の場面に)変わって、動作主の役割を持った登場人物は上手からはけ、被動者の役割を持った登場人物が下手から上手に移動する

 ここまで紹介してきた概念となぞらえ方をまとめると下記のようになります。

  1. 述語:作品(シナリオ)
  2. 項:登場人物
  3. 意味役割:(配)役
  4. 構文(受動文など):場面
  5. 格:その場面で各項がどのような位置付けにあるか(上手・下手等)

ここで、「述語が作品の大枠を決めるが、登場人物の数やそれらがどのような格になるかは場面によって違い、意味役割は作品を通して変わらない」というような性質を持っていることに気付いてもらえると嬉しいです。
 ちなみに、ラーメンズの2つ目の例の発話8 「 不安になる前は何だったの?」が変なのは、変化を表す述語「なる」は確かに「起点 (source)」の要素を取ることがありますが(例:信号が赤から青になった)、「不安になる」のような場合は基本的に起点 (source)の要素は表に現れない(のに無理矢理聞いている)からですね。
 「出る」の例も「なる」の例も、同音異義の問題なのか多義の問題なのかというのはまたややこしい話なのですが、「形が同じでも意味が異なると項の出方が違うことがある*7」のをうまく使っている例だと言えるのではないかと思います。

おわりに

 授業で解説する時はこの物語風たとえは便利なのですが、書いてみるとけっこうややこしいですね…かえって難しそうだなあという印象を与えてしまったかもしれません。色んな述語や文を取り上げて具体的にどうなるのか考えてみると良いトレーニングになります。
 これを書いてみようと思った最初のきっかけはもちろんラーメンズなのですが、もう一つのきっかけは実は主語論関係の話を追っていた時でした。
dlit.hatenadiary.com
文法研究に慣れていない方の議論では、意味役割や格といった複数の概念がごちゃごちゃに議論されているなと感じることが何回かあったのですよね。そういう話題について考える際の整理の手助けになれば嬉しいのですが。
 最後に、ラーメンズファンの方にとってはあまりラーメンズ(のことばの使い方の面白さ)がクローズアップされなくて残念というか肩すかしだったかもしれません。ひとえに私の力量不足です。

おまけ

 今回紹介した概念はちょっとした言語研究、文法研究の文脈では説明無しに使われることのある基本的なものが多いので、興味がある方は知っておいて損はないでしょう*8
 また、個別にもややこしい用語が多いのですよね。たとえば“argument”や”case”は一般的な語彙と紛らわしくて英文で論文を読む際に最初は戸惑う人もいかと思います。
 他にも、たとえば項には「外項」「内項」という区別をすることがあるのですが、「外項」を意味役割の分類である「動作主」とほぼ同じ意味で用いたり、意味役割の一つである「対象 (theme)」の指すものが説明もあまりなく使用者によって異なっていたり、ややこしいことが多いです。これから専門にしようかなと思っている方は…ご武運をお祈りしております。

関連推薦図書

 ちょうどよいものが見つかれば追記するかもしれません。

追記(2017/01/04):関連エントリ

 こちらを読んでラーメンズ気になるなと思った方は、下記のおすすめコントに関する記事も参考にしてみて下さい(ただし軽微なネタバレを含みます)。
dlit.hatenablog.com

*1:このような説明はどこかの教科書や入門書に載っているような気がするのですが、うまく探せていません。また、このアイディア自体も那須昭夫氏とのやりとりに影響を受けたもので、あまり私のオリジナルではありません。

*2:名詞が例として取り上げられることが多いです。

*3:ちなみに、この登場人物は人や生き物ではないこともあります。

*4:そもそも二分できるようなものではないという考え方もあるでしょう

*5:主題役割 (thematic role)、θ役割 (θ-role)等と呼ばれることもあり、違いがあったりなかったりするのですが、やはり面倒な話なのでここでは割愛。

*6:主格、対格、与格、…は日本語研究ではそのままガ格、ヲ格、ニ格と呼ばれることもあり、違いがあったりなかったりしますが(以下略

*7:厳密に言えば「なる」の起点要素が項と言えるか難しいところですが

*8:その全てを採用するかどうか、あるいはこれらの概念だけで十分なのか、それぞれの用語名、分類の方法等、もちろん専門的には色々議論があります。