誰がログ

歯切れが悪いのは仕様です。

【宣伝】論文集『日本語統語論研究の広がり』が出ました(編集+論文の執筆を担当)

すでにTwitterでは何回か宣伝しましたが,論文集『日本語統語論研究の広がり』が刊行されました。私も編者の1人で,論文も書いています。副題に「記述と理論の往還」とあるように,いわゆる「生成文法」をベースにした論文が多いですが,取り扱われている現象や例文群を見るだけでもなかなか面白いと思います。生成文法をやっているわけではないという方も,研究のネタ探しにどうでしょうか。

日本語統語論研究の広がり ―記述と理論の往還

日本語統語論研究の広がり ―記述と理論の往還

  • 作者: 竹沢幸一,本間伸輔,田川拓海,石田尊,松岡幹就,島田雅晴
  • 出版社/メーカー: くろしお出版
  • 発売日: 2019/11/05
  • メディア: 単行本
  • この商品を含むブログを見る

「はしがき」の一部および各論文のタイトルはくろしお出版のページから見ることができますが,タイトルはこちらにも載せておきます。

第Ⅰ部 基調論文
 1. 形容詞連用形を伴う日本語認識動詞構文(竹沢幸一)
第II部 アスペクトと統語・意味
 2. 「ている」進行文の統語構造と数量副詞の解釈について(松岡幹就)
 3. 「てある」文にみられる方言間差異(島田雅晴・長野明子)
 4. 経験相を表すテイル文と属性叙述―叙述類型論における記述と理論の融合に向けて―(鈴木彩香)
第III部 テンスと統語・意味
 5. 素性継承システムのパラメータ化と日本語における定形節のフェイズ性(三上傑)
 6. 叙想的テンスの意味と統語(三好伸芳)
第IV部 コントロール構文と統語・意味
 7. いわゆる定形コントロール構文の節構造とその成立要因(阿久澤弘陽)
 8. 日本語における後方コントロール現象(王丹丹)
第V部 格と統語・意味
 9. ナガラ節内における主格の認可について(石田尊)
 10. 対格目的語数量詞句の作用域、特定性、格の認可について(本間伸輔)
第VI部 述語形態と統語・意味
 11. 否定辞から語性を考える―3つの「なくなる」と「足りない」―(田川拓海)
 12. 通言語的観点からみた日韓両言語における否定命令文(朴江訓)
 13. 「[名詞句]なんて〜ない」におけるモダリティとしての否定述部(井戸美里)
 14. 事象類型の選択と状況把握―テンス・アスペクトおよび自他動詞―(佐藤琢三)

私の論文は,「なくなる」という形式には,1) 存在述語がベースのもの(お金がなくなる),2) 形容詞がベースのもの(高くなくなる),3) 動詞がベースのもの(走らなくなる)の3つのタイプがあって,それぞれ語としてのまとまりの強さが異なることをいくつかのテストを使って示し,分析案を出しています。また,「足りない」が統語的に否定辞を含み,またイディオムとも考えにくいのに否定極性項目を認可しないという不思議な性質を持つことについて記述の整理をしています。ちなみに「足りない」が何か変だということに気付いたのはPerfumeの「1mm」という曲の歌詞「覚悟がまだまだ1mmも足りない ね/ままで」を聞いている時で,論文でもそのことに触れています。

「はしがき」にも書いてあるように,元々のきっかけは竹沢幸一先生の還暦なのですが,さいきんは「○○記念論文集」で収録されている論文のトピックは多種多様というタイプのものは少なくなり,特定のテーマを決めて論文集としてのまとまりも持たせたものが増えました。その影響か,さいきんは「○○先生にまつわるエピソード」を目にすることが少なくなり,その先生と交流のない人が知る機会が減りましたね。そのことについては賛否あると思いますが,せっかくなので少しだけ書いておこうと思います。

実は私は学部から博士課程修了まで,竹沢先生が「指導教員」だったことはありません。ですが,私の指導教員は生成文法が専門というわけではなかったので,生成文法(生成統語論)と自信の研究でどう向き合うかということについては竹沢先生に一番相談に乗ってもらいました。竹沢先生主催の「研究会」にも院生の頃はずっと参加しました(卒業後もちょっと)。この研究会は竹沢先生の指導学生だけでなく,他の研究室や専攻からも参加者がいて,発表のトピックや研究のアプローチも様々で大変勉強になりましたし,かなり鍛えられたと思います。研究会の歴代メンバーの顔ぶれを思い浮かべると,私などが編集のメンバーに入っているのはかなり気後れするところもあります。

最も印象に残っていて今も気にしている竹沢先生のアドバイスとして,「例文(の並べ方)だけを見て分析や論理展開が分かるように例文を出すようにした方が良い」というものがあります。実践するのはなかなか難しいですし,今回書いた論文でもどれぐらいできているかどうか不安ではあるのですが,日本語記述文法研究から生成文法の道に入った研究者としては「記述と理論」との向き合い方にこれからも手を抜くことのないようにしたいと思います。