誰がログ

歯切れが悪いのは仕様です。

オンライン授業だから受講者をたくさん受け入れられるわけでもない

下記のまとめに対して「オンライン授業なのになんで履修者数を制限するのか」という主旨のコメントが複数付いているのが気になったので少し私の知っている事情や体験について書いておくことにしました。

togetter.com

大学ごとに様々な違いがあるので私の話がどれくらい上記のケースの参考になるかは分かりません。原則論としてどんな事情があるにせよ学生があまりにも希望の授業を受講できないというのは教育機関として問題だろうとは思うのですが,まとめを読む限りでも大学,あるいは学部の事情がありそうですのでそこはあまり踏み込まないことにします。

ただ下でも少し書きますが決して他人事というわけではなく,私の担当科目の中にも抽選による履修制限をすることがあるものがあってそこで「ほかでも抽選で落ちまくったので落ちたらきつい」というコメントをもらうことがあり,身近な問題でもあります。

オンライン授業でも制限なく受け入れるのは厳しい

確かにオンライン授業だと教室の制限がありませんので,その点で従来より多数の受講生を受け入れることはできます。

ただし,これも上のまとめへのコメントで指摘がありましたが,評価に関する手間と時間を考えるといくらでも受け入れるというわけにはいかないことが多いのではないでしょうか。少人数の授業と大人数の授業でどちらが大変かというのは授業の種類や内容によるので簡単には言えないのですが,課題やレポートのチェック,テストの採点についてはやはり人数が多いほどきついです。

出席と各授業回に関する課題のチェックをLMSなどで自動でできるようにし,期末試験を自動採点可能なテストにすればかなりいけるような気がします(ただ私はやったことがありません)。しかし授業の性質や内容によってはそういう形式にするのが難しいものもあります。

あるいはもっと何でもアリで良いなら,評価を適当にすることで実現できるかもしれません。各回の出席を取らず,課題も出さない,期末試験はやらないか超適当でOKならなんとかなるのかな。ただ今そんなことができる大学はないのではないかと思います。

TAは?

TAを使えば良いじゃんと考える人もいるかもしれません。確かに,大人数の授業や運営が大変な授業に対して優先的にTAが配置されるということはあり得ます。

ただ,これも大学によって違うと思いますが基本的に日本のTAは薄給なので少なくとも私はTAがいるから何百人も受け入れようという判断はできません。実際にはどうもTAに非常に過剰な労働を課している教員もいるようではありますけれども。

また,TAのコーディネーター業務をやっていての実感としてそもそもTAの確保が難しいという問題があります。これは予算の問題はもちろんとして,予算はあってもTAをお願いできる大学院生がなかなか見つからないということもあるのです。

抽選

私が担当しているいわゆる日本語文章表現系の科目(レポートの書き方とかそういう)で,どの学部・学科(筑波大だと学群・学類)からでも受講できる位置付けのものがあります。つまりは「必修」ではないのですが,意外と毎年受講希望者が多いので履修者数を制限しています。方法はやはり抽選です。

こういうタイプの科目だと毎回の課題とレポートのチェックがありますので人数が多いとほんときついんですね。この科目だけなら良いんですけど,ほかに各学部・学科で指定されている必修の科目もあるのでどうしても労働力と時間が足りません。ちなみにこれはコロナ禍前からある状況です。

ただ2021年度はコロナ禍以外にもいくつか特殊な条件が重ったので,私の担当する科目では履修制限はしないことにしました。細かいことを書き出すと長くなるのでやめておきますが,なんとか80人くらいに収まりそうでほっとしています(例年希望者が100人を超えることも珍しくなかったので)。大人数講義だと200とか300とか珍しくないと思うのですが,こういうタイプの授業だとどうしても講義だけというわけにはいかないのが難しいところです。この例年より増えた分の労働力と時間はどこから絞り出せば良いのか自分でも分かりません

履修制限をやってみた感想としては,できれば授業に対する姿勢とか履修する意欲とか明確な目的のようなもので選抜したいのですが,やはり時間と人手が足りません。もうちょっと柔軟な履修システムにできないものかと思うのですが,これは制度的に解決する仕組みはあるのでしょうか。ただ以前あった履修登録期間後でも履修を取り下げられる仕組みも今はなくなってしまっていて(あとGPAもなかったので試してみてダメならやめるということが今よりもやりやすかった),むしろより厳しくなっている印象です。

対策(理想)は人を増やすこと

効果がありそうな対策としては人(教員)を増やすことがあります。こう言われた大学関係者の反応の大半はため息をつくとか「それができれば苦労はない」と怒り出すとかそういう類のものでしょう。多くの大学では人が足りず(かつ減り続けている),色んな問題に大体このことが絡んでいます。

人を増やせれば1つの科目に避ける労働力と時間が増やせますので,オンライン授業であることをうまく利用して受講者数(の上限)を増やすこともできるでしょう。私だって,担当科目が減れば今と同じ内容の科目でも100人を超えて受け入れられますよ。

ちなみに,私の担当科目はさいきん話題になった筑波大学の代替シラバスで「教員名」にチェックを入れて私のファーストネーム(拓海)で検索すると簡単に調べることができます。単純に担当科目の数で大変さを比較することもやはりできないのですが,この数を見て「なんだ多くないじゃないか」と感じる大学教員もけっこういるんだろうなと思わされる今の状況がつらいところです。

make-it-tsukuba.github.io

なお,ここで出てくる検索結果には人文社会学研究科(修士,博士)および教育研究科(修士)で担当している科目は含まれていませんので,担当科目の話に限ってもこれだけをやっているというわけではありません。

追記(2021/04/16)

下記のようなコメントをいただきました。

抽選による不公平性はしょうがないと切り捨てるのは一般的なんかな。応募回数の重みくらいあっていいとおもうが
cartman0のブックマーク / 2021年4月15日 - はてなブックマーク

このような問題を正式に取り扱う会議や委員会に参加したことがないのであくまで個人の見解ですが,抽選は最後の手段的というか仕方ない場合の措置であって,できるだけ避けたいものです。私の勤務先でも(この記事に書いた私の担当科目とは異なるタイプの科目に対して)できるだけ抽選等による制限を行わず受講生を受け入れるのが望ましいという方針が大学から出されたこともあります。

抽選に複数回落ちてしまうというのは希望する授業を受けられないということ以外にも,短期間で難しいパズルに取り組まなければならない履修計画に思いもよらない変更や修正を迫られるという点でも大きな問題で,指摘にあるような何らかの救済措置があるのが望ましいでしょう。

私の授業では初回の授業時に履修に関する希望や事情等を簡単に聞くようにしていて,前年度に抽選に落ちて受講できなかったので再チャレンジとか,同種の他教員担当科目で抽選に漏れた等の事情がある場合は優先的な措置を取ることもあります。ただこれは(事務と連絡は取りながらも)履修制限と抽選を私が自分でやっているからある程度柔軟にできることで,事務が一手に履修者の調整を引き受けていて特にその必要のある科目が多い場合は調整が難しいのではないかと推測されます(履修登録期間はだいたい短いので各教員と連絡を取りながらやるのは大変そう)。

一方で私のケースでは自分が担当する科目+同種の他教員の科目の抽選結果くらいは考慮できるのですが,他の学部・学科の科目や履修システムについてはよく分からないことも多く,何らかの措置を取る場合の理由付けにはしにくいです。この点では広い科目を事務等の組織が一手にカバーしているというやり方の方が調整がききそうです(もちろん関連する科目数や学生数が多いことによる難しさはある)。

こういう明らかに複数の学生に不利益がある場合,カリキュラム,履修制度や教員・職員数,あるいは定員等システムのどこかに問題があるのはほぼ間違いない(というかどの大学でも問題がないことはおそらくほとんどない)のですが,どれもずっと同じというわけではなくそれぞれが変化していくのでなかなかまとめてシステムをデザインしてそれを実現・実行するというのが難しいという実感があります。もちろん難しいと言うばかりではなくできる限り対応するのが望ましいと思います。