誰がログ

歯切れが悪いのは仕様です。

指導教員を(卒論・修論の)サブのバックアップにしよう

はじめに

 指導教員の電脳に侵入して外部記憶装置のバックアップに使う…とかそういう話ではありません。
 かなり昔からいろいろ言われている話題だと思いますが,卒論・修論のバックアップ絡みでは今もいろいろな悲劇があるようですね。

 そこでこの記事では,私(人文系,専門は言語学)が卒論/修論の指導にあたって指導学生にすすめている補助的なバックアップの方法を紹介しておきます。「補助的」と呼んでいるのは,メインのバックアップは自身で取っていることを前提にしているからです。
 基本的な考え方は,「指導教員をサブのバックアップにしよう」というものです。といっても,それほど教員側に負担はないやり方になっていると思いますので,教員/学生双方から提案することができる方法ではないかと思います。

Dropboxの共有フォルダを使う

 Dropboxに「2017 卒論(学生の氏名)」のような専用のフォルダを作って,それを学生と共有します。

ここ数年やっていますが,このやり方がバックアップとしては安心感があります。同じやり方ができるなら,Dropboxでなくても良いと思いますが,私は試したことがありません。

  • Dropboxの共有フォルダをサブバックアップに使う
    • メリット
      • 教員の使用しているコンピュータにファイルが残る(重要)
      • 通知等を利用して作業しているかどうか,作業の進捗等について知る/知らせることができる(細かい連絡を省ける)
      • 原稿だけでなく関連論文やデータ・資料の共有も簡単
    • 難点/ハードル
      • 教員/学生のどちらが使用経験がない場合,導入や使い方に慣れるまで時間がかかるかもしれない
      • 教員に対して指導学生の数が多い場合に容量等の面で大変かもしれない
      • 教員が誤ってフォルダやファイルを削除してしまう可能性がある

 バックアップとして重要なのは,「教員のコンピュータにファイルが残る」ことですね。関連論文やデータ・資料を共有して教員側で簡単にチェックできるのも便利ですが,これは分野やテーマによっては容量面で大変かもしれません(たとえばデータとして大量の動画があるとか)。
 ファイルの情報を見ることで作業の進捗状況や,作業に取りかかっているかどうかを判断できるのも地味に便利です。特に提出直前等で添削->修正のプロセスが頻繁に発生する場合はメール等でやりとりするより早いですね。
 ちなみに私は共有フォルダ上にあるファイルに直接コメントを書くことはせず,別のところに一度ファイルを移してコメントをぜんぶ書いてから共有フォルダに上げるようにしています。面倒に思えるかもしれませんが,こうしないと,書いている途中の,あるいは修正・補足前のコメントを読んで学生が修正等を行ってしまう可能性があるためです。
 あと私はこの用途ではあまり使ったことがありませんが,Dropboxではファイルの古いバージョンもweb版から取ってこれるので,それも場合によっては便利かもしれません。

指導教員に原稿等のファイルをメールで送る

 Dropboxを使わない場合はこちらの方法を取っています。また,Dropboxと併用することもあります。

  • 指導教員へのメールをサブバックアップに使う(メールでファイルを送る)
    • メリット
      • 教員の使用しているコンピュータやメールのサーバーにファイルが残る(残らない場合もあるかも)
      • Dropboxよりは導入のハードルが低い(かもしれない)
    • 難点/ハードル
      • 毎回送る作業が必要なので忘れた場合はバックアップが残らない

 人によっては,こちらが気軽にできる方法かもしれません。Facebookのメッセージ等でもファイルの送信はできますが,検索等の利便性を考えるとやはりメールが良いですかね。
 一番の難点は,やはり送る作業が必要だということです。まめな人なら問題ないのでしょうが,意外と忘れてしまうことがあります。また,その都度教員からリマインドするのもなかなか手間です。
 私のゼミではバックアップを一番重視しているので,ゼミの資料は事前に送って読んでもらえるのがベストだが,直前でも構わないし,ゼミ修了後でもよい,ただし必ず送るという方針にしています。
 たとえ卒論・修論の原稿のファイルが全部なくなっても,ゼミや発表会の資料が残っていれば,一から書き直すよりだいぶ楽だからです。もちろん,原稿もこまめに指導教員に送っておけば自分のところからぜんぶファイルがなくなってしまってもある程度は安心です。

おわりに

 以上の2つの方法であれば,教員/学生がそれほどコンピュータに慣れていない場合でも,なんとか導入できるのではないでしょうか。
 ただ,私が指導を担当する卒論・修論では基本的にはWord等の文書ファイルが主で,あとは関連論文のpdf,データといっても容量的にはたいしたことのないExcelファイルとかですので楽に実現可能という側面はあるかもしれません。
 上にも書きましたが,学生の数や,教員/学生がそのやり方/サービスにどれぐらい慣れているか,教員/学生の性格によっても適切な方法は違ってくると思いますので,よく相談しておくことが重要です。
 私のゼミでは最初の頃にやり方を相談するのですが,(学生が)Dropboxに挑戦してみたけど使いにくいのでメールに切り替えるというようなこともあります。
 一番重視しているのは教員として負担を増やさずにバックアップの手助けをするという点ですが,上記の方法を取ることで全体として指導がスムーズにできるという側面もありますので,方法を模索している方は一度試してみてはいかがでしょうか。

「日琉語族」を考える場合「琉球語」は複数ある—「琉球諸語」の話

はじめに

 先日「アルタイ語族」についての記事で下記のように書いたのですが(現在は修正済み),

日本語と系統関係がはっきりしているのは琉球語のみ(琉球語を独立した言語と考えない場合は「孤立した言語」扱い)
高校地理における「(ウラル・)アルタイ語族」の取り扱いについてのメモ - 誰がログ

その後「琉球語」で少し検索をしてみたところ,どうも「琉球語」を単独の言語のように捉えている人がそこそこいるような印象があり,まずいかなと思って上記の記事の該当箇所を「琉球諸語」に書き直しました。
 というわけで,せっかくなのでこの記事では簡単に「琉球諸語」,つまり複数の言語からなる琉球の言語グループについてごくごく簡単に紹介してみようと思います。

トマ・ペラール氏の分類

 Wikipediaの「琉球語」の記事はかなり充実していますし,文献もいろいろ引かれていて良いですね。

ただ,見る前からなんとなく予感はしていたのですがノートは荒れています…

 私がさいきんの日琉語族や日琉祖語に関する研究・話題で信頼している研究者の一人としてトマ・ペラール (Thomas Pellard)氏がいます。
 その著作から琉球諸語の分類を紹介します。

琉球諸語の系統分類に関する近年の研究によってUNESCOの言う「国頭語」が歴史・系統的に一つの分岐群ではないことが明らかになっている(文献情報省略)。すなわち上の分類(dlit注:UNESCOの分類)で国頭語に含まれていた南奄美諸方言が奄美語に,北沖縄諸方言が沖縄語に属するのである。
 一方,八重山諸島の中に相互理解を欠く方言が存在することも報告されており,おそらく「八重山諸語」を認めるべきである。筆者はとりあえず奄美語・沖縄語・宮古語・八重山語・与那国語という5つの琉球語を認める立場をとっている。八丈語も認めるべきであるが,その系統的な位置はまだ明らかにされていない。
(ペラール・トマ (2013)「日本列島の言語の多様性—琉球諸語を中心に」『琉球列島の言語と文化 その記録と継承』, p.83,強調はdlit)

掲載されている書籍はこちらです。

琉球列島の言語と文化-その記録と継承

琉球列島の言語と文化-その記録と継承

  • 発売日: 2013/11/07
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 このように分類にはいくつか説がありますが,「琉球語」を日本語とは独立した言語として考える場合,複数の言語からなる「琉球諸語」として考えるのが標準的な見解と言って良いと思います。で,日本語,八丈語と合わせて「日琉語族」になるわけですね。
 もう少し補足で引用を。

方言と言語の区別は簡単な問題ではなく,政治や歴史の背景が必ず深く関わってくる。特に日本の場合,日本は一文化・一民族・一言語の国だという考え方がいまだに根強く,多様性そのものが否定されることもある。
(中略)
 琉球諸語は基礎語彙を80〜85%共有している一方,日本語とは70%ほどしか共有していない(文献情報省略)。琉球諸語と日本語とのこの距離はロシア語・ポーランド語・ブルガリア語・セルビアクロアチア語等を含むスラヴ語族内の多様性に近い。また,ドイツ語とオランダ語との距離やスペイン語とポルトガル語との距離よりも大きい
(ペラール・トマ (2013)「日本列島の言語の多様性—琉球諸語を中心に」『琉球列島の言語と文化 その記録と継承』, p.83,強調はdlit)

この前後にも重要なことが書いてありますので,興味のある方はぜひ。人類学・考古学の研究との関連についても簡潔に触れられています。
 また,日本語と琉球諸語の分岐等より詳しい話について興味のある方は,より新しい下記の本に掲載されている同氏の論文が参考になるでしょう。

琉球諸語と古代日本語 ―日琉祖語の再建にむけて

琉球諸語と古代日本語 ―日琉祖語の再建にむけて

  • 発売日: 2016/04/12
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
従来の様々な説にも積極的に言及していて,レビュー論文としても有用なものだと思います。琉球語というと気になる人の多いであろういわゆるP音(「母(はは)は昔パパだった」というアレ)についてもけっこう詳しく書いています。
 ただ,こちらの本はかなり専門的なので言語学や日本語学に詳しくない方が読むのはしんどいかもしれません。
 また,氏はAcademia.edu等でも積極的に書いたものを公開してますので,フォローしているといろいろ読めます。

おわりに

 琉球諸語は今研究がどんどん進んでいるので,これからいろいろ面白い進展があると思います。動詞の活用とかものすごくおもしろいんですよ(突然なんだと思われるでしょうが一応私は活用研究が専門なので)。楽しみですね。

追記(2018/02/03)

 こんな記事を書いた次の日にこんな記事が。

作成された系統樹も掲載されいてるのでぜひ見てみてください。

現代日本語の表現の意味・用法を調べる時にとりあえず当たってみる本のおすすめ

はじめに

 この記事では,現代日本語(共通語)の特定の形式の意味・用法を調べる必要が出てきた(例:「明日休講だっけ」の「っけ」の意味・用法が知りたい)時に,手っ取り早く調べることが可能で,それでもある程度はしっかりした記述がなされている本を紹介します。私が担当している専門の授業でもよく話している内容です。
 すごくざっくり言うと,(『日本国語大辞典』を含む)国語辞典以上,専門の論文以下の情報を調べるための本の紹介です。
 ただし,場合によっては下で紹介する本の記述が専門の論文で先行研究として言及されることもあります。

おすすめ

グループジャマシイ(編)『教師と学習者のための日本語文型辞典』

日本語文型辞典

日本語文型辞典

 通称?『文型辞典』。もう出版から20年になるのですね。どちらかというと日本語教育畑の人におなじみの本という印象がありますが,カバーされている形式は幅広く,用例がたくさん挙がっていて文法研究の出発点としても非常に使いやすいです(詳細な分析がない場合にこれの記述を出発点にするとか)。
 本体は辞典形式で形式を50音から引けますが,末尾にも50音索引,逆引き索引,意味・機能別項目索引(「完了」「命令」などから形式を探せる)が付いています。
 あと,いろいろな言語のバージョンが出ているのも特徴ですね(英語版より中国語,韓国語,ベトナム語,タイ語版等が先に出ているというのが日本語教育的背景を感じさせます)。
日本語文型辞典 英語版 ―A Handbook of Japanese Grammar Patterns for Teachers and Learners

日本語文型辞典 英語版 ―A Handbook of Japanese Grammar Patterns for Teachers and Learners

  • 作者: 砂川有里子,石田プリシラ,グループ・ジャマシイ,クロス尚美,ジャン・プレゲンズ,ブリジット・ブローディー,木津弥佳,三森由子,部田和美,宮添輝美
  • 出版社/メーカー: くろしお出版
  • 発売日: 2015/10/23
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
  • この商品を含むブログを見る

日本語記述文法研究会(編)『現代日本語文法』シリーズ

こちらが記述は専門的であることが多いかもしれません。

現代日本語文法1 第1部総論 第2部形態論

現代日本語文法1 第1部総論 第2部形態論

 7巻セットのシリーズなのですが,第1巻に総索引が付いていて,ここに各巻で取り上げている形式が網羅されています。各巻は「アスペクト」「モダリティ」などのトピック別になっているので日本語文法についてとりあえず基礎的な知識を得たい場合にも便利ですが,形式から調べる場合は第1巻をどうぞ。
 『現代日本語文法』シリーズは学生がそろえるにはちょっと値段がきついと思いますが,少なくとも図書館のどこにあるか把握しておくと良いかと思います。

基本的には出発点

 この2つはあくまでも出発点であって,調べた形式について詳細な分析を行う場合は,もちろん専門書や論文を探さないといけないということには注意して下さい。

おわりに:紹介の背景

 とりあえずどの本か知りたいという人はここは読まないでも問題ありません。
 なんでこんな記事を書こうと思ったかというと,特定の形式の意味・用法の情報源として,卒業論文の審査や演習の授業でも辞典の情報をあげてくるケースがしばしばあることが前から気になっていたからです。
 もちろん,研究のメイントピックになっている形式についてはきちんと専門書・論文を探せているケースがほとんどなのですが,メインではないけれども少し/幅広く言及する必要がある場合(例:終助詞「ね」がメインの分析対象で,その前に付く色々な形式の意味・用法に言及するような場合)等にそういう事態が発生するようです。
 また,談話・文章研究で特定の形式にフォーカスしない場合(例:女性ファッション誌10誌1年分のコピーの分析)とかだと,その分さまざまな表現・形式の分類・分析をする必要があり,一つ一つの形式に関する調査が手薄になることもあるようです。
 もちろん卒業論文だと個々の形式についても詳細に分析した専門書・論文がないか探すことが必要になります。一方で場合によっては詳しい分析が存在しない形式もありますし,上記の本にも記述がなく結局国語辞典を引くこともあるのですが*1,やはりこれらを知らない/調べないのはもったいないと思ったので記事にしてみました。
 言語学や日本語学だけはなく,哲学,文学,社会学等でも具体的な現代日本語の表現・形式の意味・用法に言及する必要が出てくるケース(あと言語学系の研究者でも日本語の研究には詳しくない場合とか)はあるように見受けられますので,そのような時にも使ってもらえると日本語の研究者としては嬉しいです。

*1:場合によっては『日本国語大辞典』の方が記述がやや詳しいとか,語誌を知りたい場合は『日本国語大辞典』の方がいいというようなことはあります。