誰がログ

歯切れが悪いのは仕様です。

MLF 2020でちょっと出てた分散形態論のRootの話

はじめに

MLF (Morphology and Lexicon Forum) 2020に参加して下さった皆さんありがとうございました。

www.konan-u.ac.jp

はじめてのオンライン開催で運営委員も不安なところがありましたが,発表や質疑応答にそれほど大きなトラブルはなくなんとか乗り切ったかという気がします。私はさいきん運営委員に入ったのですが,何か気になったこと等あったら個人的にごにょごにょしていただいて構いません。来年度もオンライン開催の可能性は十分あると思いますし。

発表も認知言語学を使ったものがあったりノルウェー語を扱ったものがあったりとアプローチの面でも言語の面でもいろいろあって面白かったと思います。

さて,大関さんの発表の質疑応答で分散形態論 (Distributed Morphology)におけるRootという概念についてやりとりがあって,それを聞いて思うところがあったのを少しアウトプットしておきます。ただ文献に書かれていることはほぼ確認せず私の記憶を頼りにしていますので気になる方は文献を当たることをおすすめします。ここ5年ぐらいの理論的な動向はあまりきちんと追えていない気がしますし,ここに書く内容をそのまま受け取ると危険です。怪文書ぐらいに思ってください(もちろんあくまで私の見解)。あと,内容が内容なので詳しくない方向けの解説も付けません。ご了承ください。

Rootの内容問題

分散形態論におけるRootと呼ばれる概念がどのような情報を含んでいる(べき)かというのはここ最近のこの理論の重要な問題の1つで,Bobaljik 2012の書評を書いたときも取り上げました。ここで挙げている文献を読むと,ある程度の立場や考え方が把握できると思います。

www.jstage.jst.go.jp

キモは何かと言うと,Rootはその理論的性格から,できるだけ内容が少ない方が良いわけです(理想的には「無」,後で何か入る穴みたいな)。Rootの内容を豊かにし過ぎると「それRootとか呼んでるだけで実質的にお前らが批判してるlexicalismの “word” と一緒じゃん」てなっちゃう危険があります。でも,実際の言語現象の分析ではRootが完全に「無」だと困ることがけっこうあって,じゃあこの情報だけ持ってると考えようという話になって,どのタイプの情報をどれぐらい持ってても良さそうか(持ってないと困るか)というのが論点になるわけです。

すごくざっくりとした流れとしては,当初は割とRootはできるだけ空にしておこう(一番ラディカルなのはたぶん複数のRoot同士はsyntaxで区別できないって立場)ってのが受け入れられてたけど,Embickがけっこう早くからいやRootには音形に関する情報がないとまずいってのを言ってて,それもある程度認められてきた一方,suppletionをlate insertionでやる研究が盛んになるとやっぱりRootも最初から音形持ってるとよろしくないという流れになり,今はRootは音形は持たない,ただ異なるRootの区別は付くという辺りが落とし所になっているかと思います。意味的情報については,そこまではっきりとしたコンセンサスはないように見えるんですが,できるだけ持たせないって感じでしょうか(それに明確に反しているように見えるのが下に書くHarleyのいくつかの研究)。

Encyclopedia

さて,大関さんの発表の質疑応答では(分散形態論でも?)Rootが内項を取ったり語彙意味論的内容を持っているとする考え方もあるということに対して確認や驚きの声があったように記憶しています。まずこの2つはちょっと分けた方が良いです。

まず,Rootが語彙意味論的内容を持っているというのは,分散形態論でそこまで積極的に探求されないのですが,実はまあスタンダードな考え方です。ただ,これはRootが元々備えている情報ではなくてEncyclopediaという「分散された (distributed)」情報(List 3)に貯蔵されていると考えられています。つまり,(narrow) syntaxとかその後にある形態部門 (Morphology)の段階ではRootはこの情報を持っていません。なのでRootの内容が豊かになり過ぎる問題とは直接関連しません。ただこの「語彙意味論的内容」がどのような内容かというのは分散形態論の研究でもそれほど明らかにされていないと思います。いわゆる語彙概念構造で表示されるような「構造化された意味」にはなっていないんじゃないか(特にそういうのを統語的にある程度作っちゃう場合は)というのが私見です。

ただEncyclopediaはあまり研究が進んでないんですよね(ここ数年で急激に進んだとかあるのかしら)。LFから参照できるかとか,そういうところからしてはっきりしない感じで。分散形態論というと語形成に対する統語的アプローチの代名詞のようになってることがありますが,たとえば下記のHarley and Noyer 2000では(別の)統語的アプローチの代案としてEncyclopediaを使った分析を出していたりします。ただ,この研究あまりその後ちゃんと受け継がれていないなあという印象があります。

Formal versus Encyclopedic Properties of Vocabulary: Evidence from Nominalisations

Encyclopediaの研究が進まない理由はなんとなく分かって,分散形態論でわざわざ研究するうまみがあまりない…というか強みが出ないのですよね。分散形態論の利点の1つはやはり統語論と相性が良いところなので。だからlocalityと関連づけられるsuppletionの研究がさいきん盛んなんだと思います。

内項

一方,Rootが内項を取るかどうかというのは,はっきりとRootの内容豊かさ問題の論点になります。私が知る限りではっきりとこの立場を主張した(ことがある)のはHeidi Harleyです。ただRootが項構造の豊かな情報を持っているというよりは,内項を取るRootと取らないRootがあるという感じ。これは分散形態論のほかの研究者にあまり(積極的には)採用されていないような印象があります。明らかにRootそのものに統語的,あるいは意味的な情報を元々持たせるという話で,Root自体の分類ができるってなっちゃいますからね。分散形態論の理論的設計思想としては,そういうのはできるだけ後で(syntaxで)構築したい。

Harleyは,この種の分析を出す前に実はもっと強い分析案も出していて,それはRootそのものがstateとかthingとかっていう意味論的なタイプを持つってものです。これはさすがに分散形態論としては維持できない考え方で,Harley自身もすぐ使わなくなった印象です。私もアイディアとしては面白いと思って自分の分析で使ったことがありますが,やっぱり分散形態論とはあまり合わないですね(私は一応Rootの意味的タイプは元々あるというより後で解釈されるものっていう逃げ道を考えてみましたが…)。上記の内項を取るRootと取らないRootがあるってのは,私から見るとこの時の分析を弱めた結果出てきた考え方という感じです。

で,Harley自身がどのように考えているのか分かりませんが,Harleyのこの一連の動詞句構造の研究は,明らかにHale and Keyserの強い影響を受けています。別に秘密にやっているわけではなくて,もちろんReferenceにも挙がってますし本文でも言及してますよ。確かに私もHale and Keyser 1993(もう有名過ぎるんで書誌情報は省略)はかなり好きです。特に範疇を構造の違いに還元して,自他交替の可否を統語的に分析するところは素晴らしいですよね(bare phrase structureになっちゃったんでそのままはできなくなっちゃいましたけどね)。これこそ統語的アプローチだよって感じ。

Hale and Keyser流の動詞句構造の分析は,確かに分散形態論と相性が良いと思うんですが(Hale and Keyserも後でRoot的な要素使って分析してた記憶),完全に互換性があるというわけではないので分散形態論にどれぐらい,どんな形で取り込めるかについてはその都度チェックが必要かと思います。というわけで取り扱いに注意が必要なんですがHarleyが分散形態論の重要な研究者の1人で影響力が強いということがたぶんあってそのフォロワーもいるって印象です。

分散形態論にlexicalism的な分析を持ち込んでしまったり,paradigm-based的な分析を持ち込んでしまったりというのは気をつけてないと意外とあっさりできてしまうと思います。もしかしたらそれがどうしても必要ってこともあるのかもしれないのですが,上にも書いたように,そういうアプローチでやるなら無理して分散形態論使う必要がなくなっちゃうんですよね。ただ私もこの点では前科持ちなのであまり偉そうなことは言えません。

Rootの研究は進んでる?

Chomskyがlabelingの話でRootに言及したので,意外な形で注目度が上がったということがあると思います。上では口うるさいことを書いていますが,研究では色々試すことが重要なので,分散形態論推しの人にも,そこまででない人にもどんどん使ってもらって,研究が洗練されていくのが一番良いかなと。

ただTwitterにも書いたんですが,Root周りの話は,現象によっては既存の(特にlexicalism系の)研究でもできてたことが分散形態論でもできました,って形までしか行けないってこともそれほど珍しくないので,広くその研究の良さをアピールするのにちょっと工夫がいるんですよね。なので分散形態論の研究全体で見るとあまり流行らないんじゃないかなあという気がしてます。上に書いたEncyclopediaの研究の話と似てますね。

でももちろんRootの研究だって面白いこといっぱいあるんで,興味持ってる方はどんどんやってほしいです。「それ○○でもできるよね」とか「なんでわざわざ分散形態論なの」とか言われても,(もちろんそれに対する答えは必要ですが)めげずにやってほしい。もちろん無理強いはしません。私なんて生成文法の研究者から「生成文法やってるのになんで統語論じゃなくて形態論なんてやってるの?」って言われたりするんですよ(いや統語論もやるけどね)。いくつか理由はあるんですが,やっぱり楽しいんですよ! 研究のモデルがほしいなら,上の書評でも推してますがBobaljik2012がすごくおすすめです。

このタイプの分析がほかの現象でも出るとすげー面白いことになると思うんですが,なかなか思いつきませんね。

大坂なおみ選手への祝福と観客の話についてもうちょっとだけ

先日書いた記事に書き忘れたことがあったので補足です。しかしこの記事,ちょっとびっくりするぐらい読まれていません。ごく一部の人向けの事務連絡的告知記事の方がまだ読まれてるぐらい。そういう記事は時々ありますのでたまたまでしょうけれど。

dlit.hatenadiary.com

その後のいろいろな反応を見ていると,やっぱり優勝という結果は重いんだなと強く感じます。メディアをはじめ,かなり広範囲の人が言及せざるを得ないというか。なのでその分反発も大きくなってしまうという側面があるのでしょうけれど。

ただこのこと自体は問題提起や議論が行われることが重要という大坂なおみ選手が繰り返し行っていることに沿う状況なんですよね。この点もすごい。

さて上の記事にこんなことを書きました。

私は,大坂なおみ選手はまず今大会見せてくれたテニスのプレー面でのパフォーマンスにおいて大きな賞賛,祝福を受けてほしいと思いました。(中略)で,失礼ながら,その「賞賛,祝福」という点では表彰のセレモニーを見ていて大坂なおみ選手はアンラッキーな王者だなと感じてしまいました。もうあまり覚えていない人も多いかと思いますが,全米オープンではじめて優勝した時のセレモニーでも私は大坂なおみ選手はやや不遇な状況に置かれてしまったという記憶があります。対戦相手だったセリーナ・ウィリアムズ選手のテニス史,アメリカ,アメリカのテニス界における存在の大きさを考えると致し方ないことだったのかもしれませんが…それで今回の優勝では無観客です。もちろんこれも仕方ない状況下ということはあるのですが,その分,別の場,別の形で大坂選手が十分に賞賛,祝福される世界であってほしいです。

私の観測範囲では前回の全米オープン優勝時のことに言及している記事等はあまり見なかったのですが,祝福はたくさん見たので良かったです。ネガティブな言及もたくさん見ましたが,それは先に書いたように大坂なおみ選手自身が意図した(と言っていいのかな)状況が実現したからこそという側面もありますし,その意志を尊重したいと思います。

書き忘れたことというのは,実は今回の大会,特に決勝戦が無観客だったことは大坂なおみ選手にとってラッキーと言える側面もあったかもしれないということです。

大坂なおみ選手の出自やキャリアと今回黒人差別問題に積極的に言及しているという背景を合わせると,もし観客が例年通りだった場合,決勝戦の観客が全体的にかなり大坂なおみ選手寄りになってしまった可能性がけっこうあったと思うのですよね。実際にどうなるかはもちろんやってみないと分かりませんし仮定に仮定を重ねるような話ですが,観客がヒートアップしすぎてかえって選手がやりづらいなんてパターンにはならなかったのでもしかしたら良い方向に作用したと考えられなくもないのかも。観客の雰囲気等も合わせて素晴らしい試合が形成されることももちろん多々あるのですが,前の記事でも少し言及したように,特にグランドスラムの決勝戦の観客というのは時に残酷になることもありますから。

テニス2020全米オープン雑感(大坂なおみ選手の優勝に寄せて)

はじめに

いくつかはてブのコメントにも書いたのですが,大坂なおみ選手がシングルスで優勝したテニスの全米オープンについていくつか感じたことなどをもう少し書いておきます。

ちなみにまだ男子シングルス決勝が残っているのですが,その結果を待っているとまた時間がなくなりそうですので,もうこれで上げてしまいます。ちなみに,個人的にはティーム選手を応援しています(まず1回グランドスラムを取ってほしい…そろそろ「BIG3」に直接勝って優勝できそうな感じも出てきていましたが)。しかしセミファイナルは競るだろうと思っていたのでストレートで勝ったのは驚きました。

私自身は小学生~大学生の期間テニスをやっていて,プロの試合もWOWOWで実家に住んでいた子供の頃から見ていました。ただ最近はやることはぜんぜんありませんし,見る方もファンと言えるほどではないでしょう。特に全米オープンは時間帯が合わなくてあまり見れませんし,そこまで詳しくないただの素人のやや長い感想だと思ってください。

「いつも」と違っていたこと

いきなりですが,私はグランドスラムの,特に決勝などの注目度が高い?試合の観客があまり好きではありません。盛り上がりすぎてプレーに干渉することがある(ラリー中の歓声はしかたないと思う場合もあるのですが,選手のサーブのタイミングに干渉するのは…)のがどうも好きになれないのですね。あれは極端なケースだと思いますが,有名な全仏オープンの女子シングルス決勝のヒンギス対グラフの試合の観客はひどかったと今でも強く印象に残っています。

そんな私でも,やっぱり観客の歓声がないとさびしいなと思う場面はけっこうありました。特に,素晴らしいプレーが出た後の拍手がないのはさびしいですね。あと,特に試合自体やプレーが素晴らしかった場合に敗れた方の選手にも大きな拍手が贈られることがあるのですが,あれはあった方が良いなと感じました。

テニス経験者の1人としてこの状況で衝撃を受けた大きな変化として,試合終了後の握手がないということがあります(その代わりにお互いのラケットを合わせています)。試合終了後に握手をするというのはテニスの素晴らしい慣習の1つだと思っていたので,残念ですね。激闘の後に選手同士がハグして声を掛け合うというのも当然見れないシーンになってしまいました。

大坂なおみ選手のプレーへの賞賛

大坂なおみ選手の試合はすべてを見ることができた訳ではないのですが,全体を通して素晴らしいパフォーマンスだったと思います。グランドスラムをすでに2回取っているわけですからすでにトッププレーヤーであることは間違いないのですが,私の印象ではまた強くなったんじゃないかと。

対戦相手のコメントでもよく出てきていましたが,まずサーブで良くポイントを取れていました。しかもここは大事というところで出るエース。大きなチャンスやピンチに強力なサーブ一発で局面を有利にできるのは「王者」の特徴の1つではないかと思うのですが,今回はそういう場面が多かったように感じます。今は女子テニスでもかなり速いサーブを返せる選手はけっこういるのですが,1stサーブが入った際のポイント獲得率がずっと高かったのでコースが良くなったとか技術的,戦術的な向上があったのではないでしょうか。決勝ではサーブのスタッツはそこまで突出してはいなくてむしろ相手の1stサーブのリターン率の高さが目を引きましたが。

フットワークを含めたストロークも素晴らしかったです。以前だったらここ無理矢理打ってたんじゃないかなという場面でうまく展開してポイントを取るというシーンがけっこうあったように思います。しかもただ我慢してつなぐというよりは,緩急を付けたり球種を変えたりすることもありコースも良いところに行っていて,やはり技術的,戦術的な向上があったのではないかと感じました。個々のショットの強力さは元々すさまじいものがありましたが,この技術であれだけ展開できると相手はかなり厳しいのではないでしょうか。

また,グランドスラムは長い期間(優勝までだと約2週間)継続的に良いパフォーマンスを持続するというのが難しいポイントだと思うのですが(時には試合が深夜に及ぶことも),それを見事に乗り切ったところも素晴らしいと思います。見る方としてはどうしても個々の試合にフォーカスしてしまいますが,大会前から大会中のコンディショニングやマネージメントはチームの力を借りられるところだとは言え難しいところだと思うのでその点でもすごいですね。

私は,大坂なおみ選手はまず今大会見せてくれたテニスのプレー面でのパフォーマンスにおいて大きな賞賛,祝福を受けてほしいと思いました。もちろんすべての選手にとってそうであってほしいのですが,やはり優勝したという事実を置いておいてもすごかったですよ。

で,失礼ながら,その「賞賛,祝福」という点では表彰のセレモニーを見ていて大坂なおみ選手はアンラッキーな王者だなと感じてしまいました。もうあまり覚えていない人も多いかと思いますが,全米オープンではじめて優勝した時のセレモニーでも私は大坂なおみ選手はやや不遇な状況に置かれてしまったという記憶があります。対戦相手だったセリーナ・ウィリアムズ選手のテニス史,アメリカ,アメリカのテニス界における存在の大きさを考えると致し方ないことだったのかもしれませんが…それで今回の優勝では無観客です。もちろんこれも仕方ない状況下ということはあるのですが,その分,別の場,別の形で大坂選手が十分に賞賛,祝福される世界であってほしいです。

ちなみに,決勝の相手であったアザレンカ選手も素晴らしいパフォーマンスでした。特に最終セット,何度も2ブレークアップになりそうなところまで押されていたのにしのいで,さらにブレークバックして急激に状況が変化したところは,見ている方としては追い付かれた方は嫌な展開だなと感じさせられました。さすがというプレーも随所にありましたね。試合の後でwebで「(大坂なおみ選手の)相手はやりにくかったのでは」という意見を見て驚きました。もちろんこれも選手本人に確認しないと分かりませんが,私はあれだけの試合,パフォーマンスをした選手にそのようなコメントをする気にはなれませんね。

マスクと「メンタル」のこと

これからメディアなどでは「マスク」に象徴される黒人差別問題に関する活動が大坂なおみ選手をメンタル面で後押ししたというような話が出るでしょう(あるいはもう少し長いスパンでの「メンタル面の成長」的なストーリーになるのかもしれません)。そういう種類の記事はもう出ている気がしますし,WOWOWの実況・解説者からもそういう観点は出ていたようです。

もちろん実際にそうであったのかもしれませんし,私自身は確認できていませんが大坂なおみ選手が自信でそれを表明している(あるいはこれからする)かもしれません。私は上に書いたようないわゆる技術や戦術のレベルの高さがまず正当に評価されてほしいと思います。それに加えて,確かに今大会では「メンタル」面でも大きく崩れることがなかったなという印象は持ちました。しかしそれもメンタルコントロールの「技術」が向上したということがあるのかもしれません。そもそも前哨戦で棄権すると表明する前も良いパフォーマンスを見せていたと思います。もし大坂なおみ選手の「メンタル」の話をするのであれば,スポーツにおける技術としてのメンタルコントロールの観点からのもの(できれば専門家の手によるもの)が記事などの形で出ると嬉しいです。

優勝者としてのスピーチでは自身から個人差別問題に言及することはありませんでした。その後のインタビューで質問が出たので答えていましたけど,メディアによる取り上げられ方の大きさに比して,大坂なおみ選手自身の「アピール」は非常に限定されていたというのが今大会を通じての私の印象です。たとえば,表彰セレモニー後にコートを出る際にしていたマスクは名前入りのものではありませんでした(よね?コートに入るときの映像を見れなかったので…)。意図して「限定的」に言及・活動していたのかというのは,本当のところは本人に確認しないと分かりませんけれども。

プレーヤーとしてのリスク

さいきん,スポーツ選手としてこの黒人差別問題のようなことに言及したりなんらかの(リ)アクションを取ることが賞賛されたり推奨されたりする(のはどうなの)というのが話題になっているようですが,(リ)アクションを取るということであれば,たとえばインタビューで話題が出た際にしっかり意見を表明するということだけでも良いというのが私の感覚です。

今大会でのマスクに関する行動や前哨戦での棄権(の表明)はプレーヤーとしてはリスクの高いものでしょう。この辺りはテニスのツアーに詳しいプロのジャーナリストの記事などに期待したいところですが(もうどこかで出ているかもしれません),特にトッププレーヤーの棄権は状況,条件によってはかなり厳しいペナルティが課される可能性もあるのではないでしょうか。また,今はweb(特にSNS)を通して選手に直接「攻撃」することも比較的容易という観点から見てもリスクは高そうです。

さいきんの黒人差別問題に対する大坂なおみ選手の行動は,自身の生業であるテニスのプレーやプロ選手としての活動そのものに負の影響を与える危険性までを考慮した上でのものであることが広く受け入れられ,その選択が尊重されると良いなと思います。

余談

ジョコビッチ選手の失格に関することもせっかくなので何か書こうかと思ったのですが,長くなってしまいましたし大したことは書けませんのでこの辺りで止めておきます。これもテニス(の技術やルール)に詳しい人のもう少し詳しい解説がwebにあると良いなと思います。

追記(2020/09/14)

ティーム選手優勝おめでとうございます!あの状況,コンディションであのパフォーマンス,素晴らしいとしか言いようがありません。

【告知】Morphology and Lexicon Forum 2020(9/12-13,Zoomによるオンライン開催)

Morphology and Lexicon Forum (MLF) 2020の開催が今週末に迫っています。プログラムはこの記事にも載せますが,各発表の要旨は下記の公式サイトからダウンロードできるファイルに載っています。なお,今回はZoomによるオンライン開催で事前申し込みが必要です。申し込み自体はフォームへの記入による簡単なものですので気軽にご参加下さい。発表資料のファイルも後日こちらのサイトからダウンロードできるようになります。

www.konan-u.ac.jp

  • 日時:2020年9月12日(土),13日(日)
  • 会場:Zoomによるオンライン開催(上記サイトにあるフォームから登録するとミーティングの情報がメールで送付されます)
9月12日(土) 研究発表(12:55-17:00)
12:55-13:00 開会挨拶・発表/質疑応答に関する説明
発表1(13:00-13:50) 氏家 啓吾(東京大学大学院)「個体レベル名詞・事態レベル名詞の区別についての認知言語学的考察」
発表2(14:00-14:50) 山泉 実(大阪大学)「『並列名詞』とそれが主要部になる名詞句:両者の意味の関係と語彙的特徴」
14:50 -15:10 休憩
発表3(15:10-16:00) 林 則序(東京大学大学院)「遊離するように見えるNP数量詞の格付与について」
発表4(16:10-17:00) 森山 倭成(神戸大学大学院)「日本語におけるアロキュティビティ」
9月13日(日) 研究発表(12:55-17:05)
12:55-13:00 発表/質疑応答に関する説明
発表5(13:00-13:50) 李 慧(東京大学大学院)「V-V 型複合語における品詞の違いに伴う意味の変化について」
発表6(14:00-14:50) 大関 洋平(東京大学) Compound verbs in transitivity harmony and alternation
14:50 -15:10 休憩
発表7(15:10-16:00) 谷川 みずき(東京大学大学院)「ノルウェー語の自動詞化と動詞意味論」
発表8(16:10-17:00) 前田 宏太郎(東京大学大学院)「非対格他動詞としての『ラス』形」
17:00 -17:05 閉会挨拶・お知らせ

2020年度前期のオンライン授業雑感

はじめに

前期(筑波大学での名称は「春学期」)の担当科目すべての成績入力まで終わりましたので簡単に振り返っておきます。

その前に簡単に近況を書いておきますと,一応「夏休み」なんですが,さまざまな業務に追われております。いや,「夏休み」が休みでもなんでもないことは例年通りなんですが,やっぱりコロナ禍の影響で,業務量が増えてるんですよね。なんというか,ありとあらゆるおしごとのやり方について,検討,見直し,修正,…が必要になっているような。例年だと「昨年度と同じでお願いします」「前任者が作ったマニュアルに沿ってやります」とやっていたところがことごとく成り立たないので。

こんな状況の中,各大学で1月に「はじめての大学入学共通テスト」なんてできるのでしょうか…

さて以下,授業をやって考えたこと等を書きます。下記のまとめを見て学生の置かれている大変な状況についても何か書きたいと思ったのですが,それを入れると長くなり過ぎるので今回は断念しました。

授業の形態と結果

私が担当した前期の授業のほとんどは,Microsoft PowerPointの音声付きスライドを用いた,オンデマンド(非同期)型で行いました(非常勤の授業ではZoomを使ったリアルタイム配信型の授業もやりました)。

その中の一部のスライドや動画,スクリプト等は下記の記事で公開しています。公開しているものはすべてCCライセンス下で使用可ですので,特にオンライン授業かどうかに関わらず,もし使えそうなところがあればどうぞ。

dlit.hatenadiary.com

音声付きスライドを動画化するとこんな感じです。


言語学の授業例:言語学入門の入門(音声付きスライド)

授業開始当初は特に入学直後の学生よく分からないかなと思って大学でメインのサービスにしているMicrosoft StreamとYouTube(限定公開)の両方に上げていたのですが,途中からStreamに一本化しました。

音声付きスライドを使った感触

音声付きスライドの良さとして,上の記事では(比較的)「手軽」「サイズが小さい」ということを挙げていますが,ここで「部分的な修正が難しくない」ということをもう一つの利点として挙げておきます

音声付きスライドは,スライドごとに音声が埋め込まれているような構成になっているので,授業の内容の一部を修正したり,あるいはほかの授業でも使いたいという場合にスライド単位での編集が可能です。これは一般的に動画編集よりは難しくないでしょう。

地域や大学によって違いはあるでしょうが,おそらくこれから(部分的に)対面授業も復活していく中でも,まだしばらくはオンライン授業を準備しておく必要性は高そうです。後期,あるいは来年度の授業のためにこの前期でやった授業の内容を修正して使いたいというようなケースは少なくないでしょうが,音声付きスライドだとそれほどコンピューターや動画の作成・編集に詳しくない人にとってもハードルはそれほど高くないかと思います。

ただ,音声付きスライドの作成が私にとって良かったのには,1) もともと授業の資料をある程度スライドで作ってあった,2) たまたま音声付きスライドの授業コンテンツを作成するしごとをコロナ禍前からやっていた(その締切がこの前期にあったのでそれはそれで大変でした…),というような事情があったからです。私は配付資料とスライドは研究発表でも授業でも基本的に別に作成しますので(参考:紙の資料(レジュメなど)で発表する時にちょっと気をつけ(てい)ること - 誰がログ),配付資料の内容のスライド化はそれなりに時間を取りましたがなんとかなりました。

分野や授業の内容によっては,元々スライド資料を作りにくかったり,できるにしてもかなり手がかかるものもあるでしょう。そういうベースがなく,しかもスライドや動画の取り扱いに不慣れな教員にとってはこのやり方はやはり 大変だったのではないかと思います。

大変だったか

上にはある程度ベースがあったと書きましたが,それでもやはりなかなか大変でした。ただその大変さのかなりの部分は,下記の記事にも書いた保育園の休園がかなり大きかったです。

つまり一週間の半分がワンオペ育児になって実質日中はほとんどしごとができない中,授業準備とかをしてたんですね。ワンオペ育児(日中)→その日の授業の準備(夜中から朝)→次の日以降の授業の準備(日中在宅勤務)→ワンオペ育児…という流れで,自分や家族の体調,新型コロナの情報等を気にしながらこれを続けるという生活はよく持ったなという感想しかありません(かつ土曜も授業あり)。

あと意外に時間を取られるなと思ったのが,課題の指示をかなり細かに書く必要があるということでした。私の授業は元々授業内に課題を組み込んでいるものが多かったのですが,授業内だと簡潔に説明して受講生からの質問に答え,注意が必要な課題は授業中にざっと教室をまわって見ることでフォローできましたが,オンラインだと課題によってはけっこう細かく書いたおいた方が良かったのです。

あとこれは多くの教員が体験したのではないかと思いますが,やはり課題のチェックも時間がかかりました。私はいわゆる日本語文章表現系の授業×3,専門(言語学)の授業×1,大学院の授業×1を担当していたので,すべての課題に対して毎回細かいフィードバックをするというのは難しかったです(まとめて回答したりとか)。

受講生からの評価・感想,コミュニケーション

受講生からの質問には,メールだけではなく,LMS (manaba)の掲示板,Microsoft Teamsのチャット等,可能な手段すべてに対応する用意をしていましたが,Teamsのチャットを使う受講生が意外と多かったです。やはりスマホのアプリもあって手軽なんですかね(あるいは個別に聞きたいのか)。manabaもアプリ版があればまた違うのもしれません。

受講生からのフィードバックは,1) レポートに付いている感想,2) 授業評価アンケート(自由記述欄)から得られるのですが,毎年すべてに必ず目を通すことにしています。少なくとも私が担当している授業では,受講生がどう感じたかというのはけっこう参考になることもあるので。

今回は,やはりというか例年に比べるとフィードバック多めでした。数として多かったのが以下の二つです。

  1. 授業の視聴方法が複数あったのが良かった
  2. 資料や課題の量が多すぎなかった

1については,すべての授業資料について,1) 音声付きスライド(.ppsx)のファイルをOneDriveで共有,2) 音声付きスライドを動画化したものをStreamにアップ,というやり方を取っていたのを指しています。これは私は万一のトラブル時に備えてぐらいに思っていたのですが,Streamが一時的に見れない/つながりにくいといった困ったケースは実はけっこう珍しくなかったようで,助かりましたという声が多かったです。一方の視聴方法で見て内容が分からなかった場合にもう一方を試すということをやった受講生もいたようです。

2については,ほかの授業に比べてという相対的な評価だと思います。これまでに課題や宿題を課していなかった授業でも課題が課されるようになった(課題の総量が増えるし教員で適切な量についての感覚やデータがない人もいる),大学の授業にそれほど慣れておらず知識や技術も身に付いていない1, 2年生の方が履修している授業の数が多く課題の総量も多くなる,といったいろいろな事情が重なって,学生が課題をこなすのは相当大変だったようです。

私の授業の課題は少なくとも過剰な/非常識な量ではなかったのだと思います。また,「指示や例が明確でやりやすかった」という声も複数ありました。ただこれは上にも書いたように,私の授業は今回の全面オンラインに移行する前から授業で課す課題を設定しているものが多かったので今回の事態下でも課題の内容や量の設定がそれほど大変ではなかったという幸運に支えられています。専門の授業でも,授業内で書いてもらういわゆるリアクションペーパーの内容に次回の授業で答えたり補足したりするということを元々やっていましたし。

あまり厳しい声はなかったのですが,Twitter等ではなんかいろいろ言われているのかもしれません。あと,いくつか教員の大変さや健康等を気遣うメッセージもあって,嬉しさもあり申し訳なさもあり読んでいて泣きそうになってしまったこともありました。

反省,後期はどうなるか

少なくとも,提出されたレポートを読み,課題等も含めた成績を付けた結果としては,対面授業の時と大きな差はなかったかなというのが実感です。厳密に計算したわけではないのですが,受講生のスコアにも特徴的な変動はないようでした。上にも書いていますが,課題に関する指示をもっと明確にしないと受講生が困るんだなと分かったことはいくつかあったのでそれは改善します。

また,受講生からの気になったコメントとして,「対面授業ではやっていた「雑談」のような内容がないのが残念/さみしい」といったものが少しありました。対面授業では,たとえば導入時にさいきん見かけた気になる表現/言語現象の紹介とか,授業内容に関係する時事ネタの話(たとえばニュースで報じられた研究不正とか)をしてたんですが,オンデマンド型教材ではそれはほとんど削ったんですね。

オンデマンド型教材はあまり長くない方が良いというノウハウをベースにしていて,私の授業の資料は1つ辺り15分以内を目安に作成しています。元々筑波大学は1コマ75分授業ですので1回分の授業内容はほかの大学よりやや少なめなんですが,それでも場合によってはかなり内容を厳選しています。

こういう「雑談」的な内容も受講生にとっては参考になったり興味のきっかけになることもあるでしょうから,それを今後どう取り込んでいくのかというのは課題かなと感じています。いくつかの理由から今後もオンラインでやる場合はオンデマンド型を中心にしようと計画していますので,リアルタイム配信型とは違って一工夫要りそうです。いくつかアイディアがないことはないんですけどね。

後期もほとんど新しい授業内容になりますので,たぶんまた大変になりそうです。それこそ「夏休み」にある程度準備したいところですが,今それどころではないしごとをいくつか抱えていますので,また自転車操業でしょうね。「オンライン授業で研究時間が増える」と言い方を時々目に/耳にしますが,私にとってはまったく現実感がありません

大学教員の皆さん,それぞれ大変な状況だと思いますが,くれぐれも体調等お気を付け下さい。これまでも定期的に書いているように,(体力のある若手でも/だからこそ)今回のコロナ禍への対応で大きく健康を害する人が出る(あるいはもうすでに出ている)のではないかと心配しています。