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歯切れが悪いのは仕様です。

論文集『分散形態論の新展開』にゼロ形態の話を書きました

はじめに

論文集『分散形態論の新展開』が刊行されました。

学会の書籍販売では1ヶ月ほど前から並んでいましたし、先日の記事でも触れましたしTwitter(限X)でも何度か言及しているので特に同分野の方には何度目だこの話という感じかと思います。

上記の記事に書いたようにWikipediaに「分散形態論」の項目を作成しましたので気になる方はのぞいてみてください。現時点では英語版より正確な内容になっているはずです。ただ内容は入門としては書いてないのでこの項目を読んだだけで理解するのは難しいと思います。

ja.wikipedia.org

簡単な紹介

分散形態論はもうスタートから30年になりますが、英文の方でもこれといった定番の教科書がなく自分で勉強するのはちょっとハードルが高い理論です。和文の方はもっと情報が少ないので、大関さん執筆の「分散形態論の概要」はこの理論の創始者であるAlec Marantzの寄稿と合わせてコンパクトながらたいへん貴重なものです。

ほかの論文でも分散形態論を実際にどのように研究・分析で使うのかという例示がいろいろな言語現象・トピックを題材に示されていて、自分の研究で使ってみたい/使う必要があるけど具体的にはどうしたら…と迷っている人には特にヒントになるのではないでしょうか。

私の論文ではゼロ形態を扱っています。どちらかというとこの理論の問題点にチャレンジというタイプの研究なのですけれども、形態理論としては重要な論点の1つです。分散形態論は形態素基盤 (morpheme-based)、Hockettの(古い)分類で言えばIA (Item and Arrangement)に分類される理論です。このこと自体はさいきんのhandbook系の概説でも触れられることがありますが、ゼロ形態の問題について整理するとそのことが理解/実感しやすいのではないかと思います。

あと、比較的新しめの形態操作である切除 (Obliteration)を使った分析になっているところもこの理論のガイドとして良いところではないかと考えています。特に、形態操作は操作の形式が省略されてしまうことがあるのが気になっていたので、この論文ではどういう操作なのかちゃんと具体的に書くということにも注意しました。

あとさらに実は言語現象の方も、特に日本語の間投助詞が特定の文法環境でなんだか出てこられないというのは面白い問題だと思っています。もちろん私の記述・分析が間違っている可能性もありますが、分散形態論を抜きにしてもsyntax-phonology interfaceの面白い題材にならないかなあ。

おわりに

さらに大関さんの概要で紹介してくださっている私が関わった文献について宣伝しておきます。

まず、私の博士論文はwebで公開しています。検索でも簡単に探せると思いますが、下記はAcademia.eduのもの。

www.academia.edu

「近刊」となっている乙黒亮さんとの共著『形態論の諸相(仮)』はだいぶ目処が付きまして、近々何らかの形で情報をお知らせできるのではないかと思います。形態論のいくつかのトピック・言語現象を取り上げて、形態素基盤の理論(分散形態論)とパラダイム基盤 (paradigm-baesed)の理論の両方から分析・研究を紹介するというあまりないタイプの本になっています。お楽しみに。