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形態論(言語学)の教科書・概説書を書きましたので少しだけ補足と宣伝

はじめに

乙黒亮さんと共著で『形態論の諸相 6つの現象と2つの理論』という本を書きました。刊行は10月10日でもう少し先ですが、Amazonほかで予約もできるような段階ですので先に少し宣伝しておきます。

以下のくろしお出版のページに詳細な情報が載っていて、書影の下にある「サンプルページを見る」から「まえがき」「目次」と各章の冒頭部分を読むことができます。

この記事では本書には直接は書かれていない私個人の見解などについて少し補足のようなものを書いてみます。重要なところはあとで個人サイトの方にまとめなおすかもしれません。

どういう特徴があるか

言語学の形態論という研究領域の教科書です。教科書としては従来(特に和書では)あまりまとめられてこなかった内容もいろいろあるということもあって、説明に比重を置いた教科書になっています。そのため、概説書としても読めるものになっていると思います。

どのようなトピックを取り扱っているかというのは書籍の紹介に書いてあるのでそのほかのことで少し補足しておくと、形態論の中でも屈折形態論を中心にしているところがポイントです。日本で言語学を勉強する場合に日本語学か英語学がきっかけになることが多いと思うのですが、そのためにかえって屈折形態論に触れる機会が少なくなりがちなのではないかという実感があります。

まだあまり専門的な文章としては書いたことがありませんが、日本語については、屈折形態論(いわゆる活用)が文法論の方で取り扱われることが多いという事情が関係していそうです。背景には日本語の膠着的な性質があるのかな(学史的な理由もあるのかも)。日本語学の講座ものでも「形態論」という巻が立てられることはあまりなく、屈折形態論は文法で、派生形態論は語彙・辞書のようなところで扱われていることが一般的だという印象があります。英語の方は現代英語がそこまで屈折が豊かではないため、ごく簡単なイントロで扱うには良いとしても研究対象としてはそこまで盛んではありません。本書を読むと分かりますがそれでもちゃんとやろうとするとなかなか簡単ではなかったりするのですけれど。

一方、日本語も英語も複合語や派生の方は面白い現象がたくさんあって研究テーマとしても人気ですし、派生形態論に関する教科書、概説書、入門書は充実している言えそうです(これからも増えそう)。複合や派生はそれだけ研究してもそれほど困らないかもしれませんが、関連する屈折をどう考えようかという問題が出てくることもありますので、そちらに興味がある人たちの助けになることがあると嬉しいですね。

ちなみに私は日本語を対象にして屈折形態論も派生形態論もどちらも研究していますが、どちらがメインの話なのかによって論文や研究発表に興味を持ってくれる人が分かれているなという実感を持つこともあります。

どのような教科書か

さて、教科書としてもいくつかの明確な方針があります。もちろん、どこまでできているかの判断は読者の皆様を待つしかありません。

レベル

「入門」「初級」「初学者」の次のステップをカバーする教科書です。概説書としての側面はありますが、全体としては、初学者向けの入門書ではありません。特に、分散形態論のベースになる生成統語論の解説はほぼ諦めました(もちろん内容との関連によって補足しているところもあります)。それも入れて乙黒さんにLFGの解説も入れてもらったらかなり貴重な豪華版ができあがると思いますが、時間とかページ数とかお値段とかいろいろ厳しいです。

これは、形態論入門のような最初のステップから、実際に自分が研究で使えるようになるまでの間をつなぐ「中級」に当たるような教科書がなくて困るのではないかという問題意識が背景にあります。入門書の次は自分で専門的な文献を探して勉強していくというのが王道ではあるのですが、専門的な研究はどんどん先に進んで行きますので、こういうやり方はどんどん難しくなってきているのではないでしょうか。

そのため、理論的なところについては、形式的なところはできるだけ具体的に書くことにしています。記号が苦手な方は大変かもしれませんが、実際に文献を読んだり自分で何かの表示を書いたりしなければならない場合に、どう読めば/書けば良いのかということについてサポートできると思います。分散形態論については、専門的な文献でも語彙項目や形態操作があまりちゃんと書かれないことがあり問題だと思っていまして(ごまかしや間違いになっているものもたまにある)、できるものはすべて形式的に書いてあります。

ちなみに、分散形態論については日本語で読めるものもだいぶ増えてきましたが、形態理論としての解説は実はまだそれほど多くなくてその点ではやはりレアな本になっています。これほど形態操作についての話が出てくるものはなかなかないのではないでしょうか。乙黒さんがご専門のパラダイム関数形態論については、日本語でここまで詳細な解説が読めるということ自体がものすごく貴重です。

ただし、全体のイントロである2章と6つの現象を取り扱った章の導入部分はかなり入門的な内容も入っていて「語幹」や「語根」といった超基礎的な用語への簡単な解説もありますので、ここだけを使って形態論の入門の勉強をしたり授業で導入に使ったりということは十分できると思います(場合によってはより易しい入門書や用語辞典によるサポートは必要かもしれません)。

練習問題

基本的な理解を確認する問題と、発展的な問題がそれぞれの章に付いています。

特に基本的な理解を確認する問題としては「○○語の××の屈折に関する表出規則/語彙項目を書きなさい」のようなかなり具体的な練習問題が付いています。これは上に書いたように、実際に文献を読んだり自分で論文を書いたりすることができるようになるために、ということを念頭に置いています。

言語(データ)

おおよそ30ほどの言語が出てきます。もちろんその中にはちょろっとしか登場しないものもありますが、自分の知らない言語のデータについて考えるトレーニングにもなるでしょう。例文にはグロスをフルで付けていますし、屈折のパラダイムについても関係のあるところはできるだけまとめて載せています。教科書としての都合上、参照している文献からの引用を基本にしていますので、同一の言語についてでも本書内で分析方法など扱いが異なることがあります。各言語について知りたい場合は元の文献かほかの専門書に当たるようにしてください。

ちなみに、言及数で見ると一番多いのが英語、ついでラテン語です。英語はいろいろな文献のイントロや簡単な例示で使われることが多いからですね。ラテン語は形態論の研究史上、チャレンジする研究者が多い言語なので。

文献

できるだけ文献への言及を少なく抑えないようにしました。文献に関する情報とどのように言及されているかという点だけでもかなり貴重な情報が含まれていると思います。

訳語

定訳がない、あるいは日本語の対応する表現がない専門用語もかなりありましたので、新しく訳語を考えなければならないことがけっこうありました。また、定訳がある用語についても検討したものもありました。面白い話題なので別の記事で後日改めて書きます。「消す」関連の用語が多すぎなんですよね…(ellipsis, deletion, impoverishment, obliteration, ...)

おわりに

分散形態論をはじめ、形態論全般についても私のところに来る相談の多くは「自分の一番の専門は形態論ではないのだけれど、関連で形態論のこともやらなければならなくなった。どのように勉強したら良いですか」というものが多いです。本書がドストライクで必要になる学生や研究者の方がどれくらいいるかはそこまで自信が持てないのですが、自分の専門でない領域のことについて専門的な文献や情報を調べるのはかなり骨の折れる作業ですし、この1冊があって思いがけず助かったという存在になれるのではという期待があります。

もちろんこの本に触れて形態論をやりたいと思ってくれる人が出てきたらこれほど嬉しいことはありません。形態理論もほかにもいろいろありますし、興味のある方はどんどんチャレンジしてみてください。

ほかにも、分散形態論周りのもう少し専門的なこと、訳語のこと、共著者の乙黒亮さん、編集者の荻原典子さんのこと、LaTeXによる執筆・組版のこと(組版はぜんぶ乙黒さんがやってくれました)など、いろいろ書いておきたいことがありますが、長くなったので後日別の記事として書きます。

おまけ

形態論がどのような研究領域なのかというのは、下記の音声付きスライド動画を見るとなんとなくつかめるかもしれません。ただこれは解説用というより、再利用可能な授業の教材として提供しているものなのでこの状態ではあまり分かりやすいものではないかもしれません。


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