博論で一番てこずっていて一番進行が遅れている命令形についての分析が一つ山を越えた感じです。まだもう少し議論が足りない感じですが、とりあえずある程度の先行研究の調査と命令文(imperatives)の意味論の構築が一段落したのが大きいかなーこういうことがあるたびにもっと一生懸命意味論勉強しておくんだった、と後悔します…
ところで、こないだ書いた「知らない/知ってない」の話ですが、以下にいくつかの文献の指摘がありました。
大浦さんという方の論文の方は知らなかったのですが、久野の方を覚えてなかったというのは全くもって面目無いところです。
- 作者: 久野すすむ
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基本的に、「知っている」の否定形として「知っていない」は全く使用されないわけではない、ということが指摘され、「知っていない」も使用可能になる環境や、両方使用可能な場合の意味の違いなどについて記述的にまとめています。ここでは詳しくは触れませんが、細かい観察が色々出されていて面白かったです。久野先生と言えば「内省がちょっと…」なんていう噂がありますが(僕の周りだけ?)、個人的には、この章でもいくつか「?」なジャッジや意味に対する直感があるように思いました*1。
「知っている」の否定として「知らない/*知っていない」になる場合については、「知っていない→知らない」という変形を想定する、というようなことをちょろっと書いてます。transformationalism流のblockingの分析、といったところでしょうか。
あと、「知っている」は既然/結果状態ではなくて、いわゆる「単純状態」ではないか、ということを書いてますが、この点に関してちょっと気になっている現象があります(この本には出てこない議論&現象です)。
まず、単純状態(+結果状態)のテイルは連体節内に限ってタに出来る、という現象があります。
- その少女は青い目を している/*した*2。
- 青い目を している/した 少女 (を探している。)
ところが、この「知っている」は連体節内でもタとの交換が不可能なようです。
- 日本語をよく 知っている/#知った 男 (を探している)
- その男が 知っている/#知った 日本語 (はなんか変だ)
どちらの場合も、「知った」は「知っている」と同じ状況を表せないように思います。
意味論的には「知っている」が何らかの「状態」であることはちょっと動かしがたいと思うのですが、外項がある(agentではなくてexperiencerですが)ことなんかが影響してるんでしょうかねえ…ただ、外項、内項どちらが連体節のhead nounでもダメだからなあ。英語だと"known+内項"って組み合わせはOKですよね、確か*3。
これもなんなんでしょうね。もしかしたらasaokitanさんが上のブクマで紹介してくださっている大浦(2001)で解決済みだったりするかもしれませんが…