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歯切れが悪いのは仕様です。

文化庁の2013年度「国語に関する世論調査」の造語関連についてちょっとだけ(読書案内もあるよ)

はじめに

 文化庁による2013年度の「国語に関する世論調査」の結果が公表された。
 下記の記事をはじめ、今回は「造語」が取り上げられたことに注目が集まっているようなので、日本語(主に語形成)研究の観点から関連しそうなことを適当に書いておこうと思う。結論は特にないです。

なお、調査結果の全文は以下のページから読むことができる。

 専門用語についても解説を付けようかと思ったけれどかなり冗長になってしまうので断念した。興味のある方は調べるか、紹介している各書籍を読んでもらえると嬉しい。
 また、僕の「正しい言葉づかい」に関する考え方については、下記のエントリとそこで紹介されてるものを参考にしてください。

 その他にも特定の表現について書いたりしてるので気が向いたら[言葉]カテゴリのエントリもどうぞ(ネタも含む)。

「-る」と「-する」動詞

 「造語」として取り上げている記事を見かけるが、上記の文化庁公開の資料では「6「〜る」「〜する」形の動詞について」という名前の調査項目になっている。「-る」動詞(「事故る」など)と「-する」動詞(「チンする」など)では生産性(productivity)も統語的・形態的な性質も異なるので、「造語」としてくくるのは専門的には気になるところ。
 ただ、調査対象は以下の10の表現で、

  • チンする、サボる、お茶する、事故る、パニクる、愚痴る、告る、きょどる、タクる、ディスる

生産性の比較的低い「-る」動詞がほとんどであり、生産性の高い「-する」動詞は「チンする」しかないことを見ると、「造語」の調査とまとめるのもそれほど変ではないかもしれない。

オノマトペ

 唯一の「-する」動詞、「チンする」も「2モーラオノマトペ形態素1つ+する」の構成のもので、いわゆる「動名詞(Verbal Noun)」として多数の研究がある「勉強する」「メモする」などと同じ性質を持っているかどうかは微妙。
 また、「2モーラオノマトペ形態素の繰り返し+する」は高い生産性を見せる(「ふらふらする」「ぴくぴくする」「どきどきする」など)のに対して、「チンする」のようなものは多くないようだ。特に「チン」は2モーラ目がいわゆる特殊拍(撥音)であるところも面白い。たとえばそのほかの特殊拍である促音を含む「2モーラオノマトペ形態素1つ+する」で例を見かけたことがあるものには

  • ピッする(バーコードなどを機械でチェックする)、ペッする(吐き出す)、ギュッする(抱きしめる)

などがあるが、使用場面や使用者が限られている印象。「ペッする」など、いわゆる「母親語/マザリーズ(Motherese)」にはそこそこ例がありそうだ。母親語では、このタイプだけでなくオノマトペが積極的に使用されることが知られている。
 ちなみに、2モーラオノマトペ形態素を含む「-る」動詞は

  • テカる、ボコる、グダる

などがあるが、これも生産性はあまり高くないようだ。

いわゆるキャンパス言葉とか

 以前いくつかの大学で言語学/日本語学の非常勤の授業を持っていた時に、「-る」動詞(を含む辞書に載っていないような語彙)のデータを受講生から集めたことがある。その一部をここで紹介しておく。あくまでも僕が集めた内容なので、webの用語辞典などとは異なっている可能性もある。

  • エレベる(エレベーターで移動する)、ポチる(webで買い物をする)、テトる(テトリスをする)、帰宅る、ミクる(mixiで何かする)、ハウる(ハウリングを起こす)、パトる(パトラッシュから、死ぬ/天国から迎えが来る)、レッドブる(レッドブルを飲む)、シャダる(エルシャダイから、指を鳴らして場面を切り替える)、バミる(バーミヤンに行く)、ガスる(ガストに行く)、ジョナる(ジョナサンに行く)、スタバる(スタバに行く)、マクる(マクドナルドに行く)、…

 「エレベる」は「タクる」と同種の、貴重な「移動手段+る」の構成のもの。これは今でも使用されていることを複数の話者に確認している。目につくのは最後に固めた「店名+る」のパターンだけれど、どうも聞いた感じだと行くだけではなくて利用(飲食)しないとダメっぽいことが多かった。
 こういうキャンパス言葉は、長く使われるものもあるけれど結構変化するし、同一大学内でも「方言」みたいなものがあったりするので、出会った時に記録しておくのが良いと思う。

こういう表現については

みんなで国語辞典!―これも、日本語

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  • 作者: 「もっと明鏡」委員会,北原保雄,いのうえさきこ
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で記録されていたりもしている。

断片的な読書案内

 さて、言語/日本語研究では「形態論」「語彙論」「語形成/語構成研究」と呼ばれるような研究領域が以上の話に最も関連が深い。もちろん統語論や意味論など他の様々な領域も関連してくる。その辺りの見取り図はやや専門的だけれど

これからの語彙論

これからの語彙論

が参考になる。
 非専門家でも気軽に読めるものもいくつかあるのだけれど、
新語はこうして作られる (もっと知りたい!日本語)

新語はこうして作られる (もっと知りたい!日本語)

をオススメしておく。例がたくさん出てきて楽しい。専門用語も基本的なものは導入されているし、用語や用例の索引もありがたい。窪園氏はどちらかというと音の専門家なので、省略/短縮などに焦点が当てられているけれど、言葉の仕組みや性質を具体例とともに少しずつ明らかにしていく過程は用語なんかすっ飛ばしても面白いのではないかと思う。
 語彙論について概観するのは
図解 日本の語彙

図解 日本の語彙

が便利だけど、各項目についての説明はかなり簡潔なので、ポータルサイトみたいな使い方をすると良いと思う。
 もうちょい勉強したいという人(特に大学生)はまず
語構成 (日本語研究資料集 (第1期第13巻))

語構成 (日本語研究資料集 (第1期第13巻))

ただ、専門的な論文も採録されているので、ものによってはしんどいかもしれない。
 日本語研究の観点からは
語構成の研究 (1966年)

語構成の研究 (1966年)

生成文法の観点からは
文法と語形成 (日本語研究叢書 (第2期第4巻))

文法と語形成 (日本語研究叢書 (第2期第4巻))

がオススメだけれど、どちらもある程度(結構?)国文法研究/生成文法への「慣れ」が必要かな…
 上で「勉強する」「メモする」と並列したけれど、実は「勉強(する)」などの漢語系の語彙に比べて、「メモ(する)」などの外来語系の語彙に関する研究はまだまだこれからというところがある。興味のある方は
外来語研究の新展開

外来語研究の新展開

をどうぞ。
 他にも面白い・良い本は色々あるのでブコメなんかで紹介してもらえると助かります(おい)。