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歯切れが悪いのは仕様です。

移住者と(小学校での)日本語教育と方言と

はじめに

 日本国内における、移住者(日本語非母語話者*1)に対する日本語教育絡みで、方言が問題になる場面について体験談を一つ書いておこうと思います。
 以前から記録のために書いておこうと思いつつもうちょっと調べてからと延び延びになっていたエントリなのですが、最近いくつかのきっかけがあってやっぱり体験談の部分だけでも早く書いておこうと思いました。
 ちなみに、1つ目のきっかけは下記のツイートを目にしたことで、

2つ目のきっかけは下記の記事です。

政府は彼らを移民とみなし、国籍を認めていない。移動や結婚も制限している。迫害のない生活を求めて来日したが、「無国籍者」を認定する法的な仕組みがなく、日本語学習など公的支援を受けることができていない。
http://www.asahi.com/articles/ASH5V7G8FH5VUQIP06B.html

小学校での授業参観

 もう2, 3年前になるのですが、ある四国の小学校でいわゆる外国人児童だけを集めた補講のような授業(こういうのも取り出し授業と言うのでしょうか)を見学させてもらう機会がありました。その小学校は南米からの移住者(目的は四国の企業・工場で働くため)の子どもをけっこう引き受けているということでした。
 そのクラスの担当は小学校の教員なんですが、ある程度日本語教育の知識もある(大学で授業を受けている)人です。これだけでも小学校としては良い環境なのかもしれませんが、一つのクラスに非母語話者の児童を低学年から高学年まで集めて一人で授業をしなければならず、また内容も基本的には他の授業の補講が目的ということもあってか、通常の国語や算数の教科書を用いていました。日本語教育、あるいは何らかの言語教育の経験がある方なら、これがいかに難しく大変なクラスなのか想像できるのではないかと思います。
 ちなみに学習者の母語はほとんどスペイン語ということでしたが、他の言語が母語という児童もいたようです(詳しくは聞きませんでしたが)。

教科書と方言

 僕が気になった点は2つあります。1つは母語話者向けの小学校の教科書をそのまま用いていること、2つ目は方言の使用についてです。どちらも授業が終わってから担当教員の方に参考意見として伝えました。

教科書

 クラスの中で、小学校高学年の算数の文章題に挑戦して苦戦している児童がいました。難しいなと思ったのは、算数そのものに苦戦している可能性もあるし、そもそも文章題の日本語に苦戦している可能性もあるということです。小学校の算数の文章題とはいえ、意味をきちんと取るには大人でもじっくり読まなければならないものもあると思うのですがどうでしょうか。これは国語の教科書を用いているシーンでも気になったのですが、たとえば母語話者向けの教科書だと日本語教育で難しいとされているオノマトペもけっこう早い段階から出てきますし、教科書独特の言い回しもあります。児童の日本語学習歴もまちまちのようでしたが、母語話者向けの教科書を用いて日本語を第二言語として学ぶのも難しいし、いわゆる第二言語としての日本語教育を受けても今度は日本語の教科書と国語や算数の教科書のギャップを埋めるのがなかなか大変なのではないかと思います。

方言

 もう一つ気になったのは、方言の使用でした。どういうことかというと、教科書はいわゆる「標準語」なわけですが、教師はその土地の方言で話すのですね。さすがに教科書を読み上げるような場合にまで方言に言い換えるようなことはしていませんでしたが、これは第二言語の学習者としてはかなりの負担なのではないかと思います。話を聞いたらその他のクラス活動などは日本語母語話者の児童と一緒にやっているようなので、方言自体にはかなりなじんでいる可能性がありますが…

おわりに

 さて、こういう問題があることはもちろん日本語教育の分野では問題視されています。たとえば下記のページでも方言についてはけっこう触れられていますね。

あとこの辺りの話題は日本語教育能力検定試験の問題集で論述問題に取り上げられていたりします。
 僕が気になるのは、たとえば小学校や中学校の教員になる課程で、このような日本語教育上の問題に触れる機会がどれだけあるかということです。今でもそういう問題があることは教職系の授業で紹介されるのかもしれませんし、小中の教員を目指している学生が日本語教員養成課程で勉強するケースも増えてきてはいるようなんですけどね。あと、もともと非母語話者の移住者が多いところではそれぞれ地域での取り組みがあるのではないかと思います。
 上のツイートにもありましたが、国語教育と日本語教育の違いを分かってもらえないというのは、大学で働いていてもときどき実感することです。言語学や言語教育の基礎知識があって、日本語の標準語と方言は(方言によっては)実は単に語彙が違うだけでなく体系自体がけっこう違うということや複数言語の話者がどのように同じ地域でやっていくのかという問題の実態を理解してそれに対応できるというのは、実は最近何かと話題の「グローバル」関係の話であり、かつ今後移住者が増えるのではないかというような話も出ている現在の状況では「役に立つ*2」ような話でもあるのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。
※日本語教育・言語教育や言語政策に詳しい方のツッコミや補足解説などが付くと書き手としては嬉しいです。
※補足:僕の体験の内容を踏まえて「移住者」としましたが、そうでない(日本語)非母語話者についても関係のある話ではないかと思います。

*1:ふだんは「第一言語」を用語として使うことが多いのですが、このエントリでは通りがよいかと思い「母語」を使います。

*2:本当はもう少し具体的に定義した方がよいのでしょうが…