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歯切れが悪いのは仕様です。

たまには専門の話:Bobaljik 2012の書評を書きました

はじめに

 いつも「このテーマは専門ではないので」という言い訳ばかりしているということもありまして、たまにはド専門に関する話でも書いてみます。
 以前からついったーなどでは少し触れていたのですが、日本英語学会から出ているEnglish Linguistics 32巻1号にJonathan Bobaljikの著書、Universals in Comparative Morphology: Suppletion, Superlatives, and the Structure of Wordsの書評が無事掲載されました。

www.jstage.jst.go.jp

 ここでは宣伝も兼ねて簡単に少しポイントなど書いておこうと思います。これはさすがにブログで非専門家向けに分かりやすく書くのはかなり骨が折れるので(というかムリ)以下専門家向けに端的に書きます。

どんな書評にしたか

 前も書いたと思いますが、書評って自著論文より難しいですね…しかも書いてる途中にこの本が2014 Leonard Bloomfield Book Award by the Linguistic Society of Americaを受賞したせいでさらにプレッシャーがきつく…でも好きな研究者の一人なのでこういう機会が得られたことは嬉しく思います。
 さてこの本の特徴は色々あるのですが、いくつかポイントを挙げるとすると、

  1. 形容詞の比較級と最上級の補充法(suppletion)に関する一般性の記述と分析
  2. 300を越える言語を対象にした類型論的研究
  3. 分散形態論(Distributed Morphology)を用いた形式的な理論研究

といった辺りでしょうか。
 僕が一番得意な(そしておそらく期待されている)のは3つ目のポイントなので、そちらに焦点を絞った書評になっています。個別の言語、個別の現象も色々面白い話があるんですが。構成は、前半ではBobaljikが示したいくつかの一般化とそれぞれに対する分析を紹介し、後半で理論的に面白い関連トピックを二つ挙げているというものになっています。

この本の面白いところ

 この本で主張されている一般化は以下の通りです(もちろん問題になるケースも色々あるようです。特に最後のものについてはあまり強い一般化ではないとBobaljik自身も断っています)。

  1. The Comparative–Superlative Generalization:比較級が補充形なら最上級も補充形(*good-better-goodest)、また最上級が補充形なら比較級も補充形(*good-gooder-best)
  2. The Synthetic Superlative Generalization:比較級が迂言的(periphrastic)で最上級が総合的(synthetic)というパターンを持つ言語はない(*long-more long-longest)
  3. The Root Suppletion Generalization:語根補充法(root suppletion)は総合的な比較級に限られる(*good-more bett)
  4. Lesslessness:「より〜ではない」を表す(="less"に対応するような)総合的な比較級を持つ言語はない(more X: X-er:: less X: *)
  5. The Comparative-Change of State Generalization:比較級が補充形ならそれに対応する状態変化動詞も補充形(bad-worse-worsen (*badden))

 いくつか「〜という言語/パターンはない」というタイプの一般化が入っているのが面白いところです。なぜなら、形態論には必ず(accidental/lexical) gapの問題がついて回るので、そういう一般化を出すのは大変なのですね。Bobaljikの手法でなるほど、と思ったのは、たくさんの言語のデータを用いることでそういうタイプの一般化の蓋然性を高めているところです。もちろん原理的には「多くの言語においてたまたまそういうパターンが存在しない」ということもあるわけですが、この本ではgapに対する積極的な分析とデータのcoverageが高い水準で両立できていると思います。
 後は、「補充法に潜む一般性・普遍性」を取り上げているところも面白いです。定義や範囲の取り方にもよるのですが、そもそも「補充」という名前からもわかる通り、補充法ではなんでそんな形になっちゃったんだよ、と言いたくなるような(少なくとも共時的に見ると)わけわかんない形態が出てくることが多いのですが、パラダイムというかパターンを見ると面白い研究対象になるんだよ、ということを具体的に示しています。こういうタイプの研究は個人的に好きなんです。
 書評本文でも愚痴っておきましたが、分散形態論はもう創立20周年を超えたのにまだきちんとした教科書がないのですね(そういうわけで「どうやって勉強したら良いですか」という問い合わせが多いです)。この本はEmbickの
[asin:B00511QW4Q:detail]
と並んで最近の分散形態論へのよいガイドにもなっています。ただ、形式的な統語論、形態論へのある程度の知識は前提となりますので、あまり初学者向けとは言えないでしょう。データや一般化のところは平易に書かれていますのでそこを眺めているだけでも面白いですけどね。

理論的なポイント

 書評で触れた理論面でのトピックは以下の二つです。

統語構造に影響を受けるcontextual allomorphy

 形態理論において、分散形態論は形態部門と統語部門の密接な関係を構築しやすいというのがウリの一つなので、Bobaljikが示したようにsuppletionやallomophyが統語構造の情報にかなり影響されるという現象があればあるほど嬉しいです。これまで多かったのはallomorphや意味の規則性と局所性・構造の大きさの関係を取り上げた研究だったのですが、この本で示された(規則や構造が)包含関係にある形態現象が比較級・最上級のペア以外にも見つけられれば、けっこう面白いことになると思います。

Root

 root suppletionは最近の分散形態論のホットトピックの一つだと感じています。
 Rootという概念は派生形態論の分析で重要になることが多いという傾向があったと思うのですが、root suppletionが絡むところでは屈折形態論に属する現象でもばんばん問題になってきますし、分散形態論の重要な考え方の一つである「後期挿入(late insertion)」自体の範囲・位置づけにも関わりますので重要です。
 以前書いたエントリで少し解説を書きましたので興味のある方はどうぞ(一部雑な説明も混ざっていますが)。

 そんなわけで僕自身も最近補充法絡みでなにかできないかと思って発表もいくつかしたわけですが

GLOW in Asia Xはproceedings出ないらしいのでどうしましょうね。

この本の問題点(?)

 書評ではあまり問題点に突っ込めなかったのですが、理論的にはopen question扱いの話がそこそこ出てくるというのが人によっては気になるでしょう。経験的なサポートがしっかり出せない議論に関しては決めつけず複数の可能性を提示するにとどめている、と評価する人もいれば、理論的な争点のいくつかにあまり踏み込むことができていない、と評価する人もいると思います。
 現象・記述面で言うと、実際に細かい分析のところで取り上げられている言語は300のうち数十といったところですので、各言語の専門家から見ると問題点があるのかもしれません。残念ながら、私の専門の日本語は述語の形態に比較級・最上級といった範疇が現れませんので、その点ではあまりつっこみポイントを見つけることができませんでした。候補としては日本語にも状態変化の形容詞派生動詞(deadjectival verbs)がいくつかありますので、Bobaljikの分析が日本語にも当てはまるかどうかというのは考えてみると面白そうです。

書評としての反省点

 もっと批判的に書けるところもあったと思うのですが、どっちかというと紹介・宣伝的な文章になってしまいました。
 あとこれはかなり迷ったのですが、関係領域に詳しい研究者向けというよりは(興味はあっても)自分ではこの本を優先的に読まない研究者向けにしました。専門家がこの書評を読むと「そこはわかったからもっと後半に言及しろよ!おもしろいところ色々あるだろ」と感じるかもしれません。どちらの要素も盛り込めるのが一番良いのでしょうが、力量が及ばず。あと僕の好みの問題でそうなりました。
 書いて実感しましたが、やっぱり書評って難しいです。あと英語も…

おまけ

 書き出しは僕の好きな

のイントロにある文章の、“Morphology has been called ‘the Poland of linguistics’ – at the mercy of imperialistically minded neighbours."というフレーズを踏まえたものです。気付いてくれる人はかなり少なそうなので自分で書いておきます。
 ちなみにBobaljik本人にも草稿を送りつけるということをやっ(ちまっ)たのですが、大変丁寧な対応で感動しました。