事実がどうだったかについてはきちんと調査して公開してもらうしかないと思いますが,この問題に対する反応で気になるものがありましたので少し書いておきます。もっと情報が出たら,日本語教育や第2言語習得の専門家の方が解説してくれると良いのですが。
よく知らないという方は下記の記事で概略がつかめるでしょう。
この記事に「過去2回の試験で合格した韓国人の学生が入学後に日本語の会話に難があり、学生生活で苦労したため、昨秋の試験で初めて面接を導入したところ、7人全員の会話能力に問題があり、面接を0点とし、不合格になったと大学側は説明。」という記述があります。この受験生の中には筆記試験でかなり良い点を取った人もいたようです。
筆記と会話の違い
この問題・報道への反応として,「語学では筆記試験がよくできても会話はできないことはある」というものを複数見かけました。
これは確かに一般的には珍しいことではなく,たとえば日本語能力検定試験でN1に合格している人でも,会話してみると聞く・話す能力にかなりばらつきがあるなと感じることはあります。ただ,日本語能力検定試験や英語だとTOEFLのような言語能力をはかる試験と,今回のように第2言語(学習のターゲットになる言語)で書かれた他教科の試験は区別した方が良いと思います。人によるということもあるかもしれませんが,第2言語で書かれた他教科の問題を読解し回答する方が難しいことが多く,実際の入試問題も見てみたのですが,これでそれなりの点数を獲得できる人が「0点」を付ける根拠になるほど会話に関する能力に問題があるというのはかなりレアケースではないかというのが私の感覚です。
評価側の問題
ただ,私の体験に限っても,言語研究(特に言語習得や言語教育)になじみがなかったり,自身が日本語の第2言語(非母語)話者とある程度関わった経験(たとえばゼミに日本語が第1言語(母語)でない留学生がいる等)がない人が第2言語話者の会話能力をかなり低く評価するというのは残念ながら珍しくないと思います。ゼミに留学生がいても,その留学生が抱えている言語能力上の困難について教員が把握できていないようなケースもあるようですね。
これにはおそらくいくつか要因があって,基準が不当に高い(第1言語話者並みの能力(特に流暢さやレスポンスの早さ)を最低基準としてしまう)とか,第2言語話者であるという情報を事前に知ってしまうとより厳しく評価してしまうといったものが考えられます。どういうことかというと,第1言語話者だっていつもそんなにきちんとした言語パフォーマンスができるわけではないのですが,第2言語話者が同じような「ミス」をすると言語能力全体が低いからだと評価されてしまうことがあります。これは入試や就活の面接といったところだけでなく,コンビニ店員との会話とかいろいろな場面で起きているようです。
あと,私は第2言語話者に対しては今回のような学部の推薦入試であっても面接する側は(プロの日本語教師のレベルで語彙や文法をコントロールできなくても)ある程度のティーチャートークを使う方が良いと思いますが,これも知識や経験がないとなかなか難しいようです。
他の要因からも「差別」であるかどうかという議論や判断はできるかもしれませんが,今回明らかにされた点数の付け方と,大学側の「会話能力に問題があった」という情報からは,少なくとも評価方法にかなりの問題があったのではないかというのが私の推測です。今回はかなり極端なケースですが,第2言語話者が面接等で不当な評価を受けるというのは面接を行う評価法一般に起き得る問題だと思うので,できればきちんと調査して公開してほしいと考えています。
「差別」について追記(2020/03/13)
書き方が難しかったので当初は意図的に焦点を当てていなかったのですがちょっと心配になったのでやっぱり書いておくと,私はこの受験生への扱いは「差別」である可能性が高いのではないかと考えています。
私が上で述べたこと(と似たような議論)を使って「面接を担当した者に差別する意図はなかった」とか「単に評価者の能力が低かっただけ」という主張を行う人もいるかもしれませんが,少なくともそれらは「(国籍や日本語が第1言語でないといったことが要因で不当な扱いを受けたことが)差別ではない」ことを正当化できないでしょう。
ではなぜこのような記事の構成にしたかというと,今回のケースではおそらく当事者が加計学園であることや「0点」といったいくつかのインパクトがあって一般的にも話題になっていますが,面接のような場面での「非母語話者」に対する不当な取り扱いはいつでも起き得るもので,大学教員をはじめそういう場面に臨む人は日本語教育や言語学に詳しいかどうかに関わらず広く気をつけてほしいと思ったからです。