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歯切れが悪いのは仕様です。

歪む、歪まれる、歪まる

下記のニュースのタイトルに出てくる「歪まれた」という表現が気になった。

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本文中にはどうも同様の表現が出てこないので手がかりが少ないが、記事とタイトルの関係から推測するとおそらく「歪(ゆが)められた」を意図しているのではないかと思う。「歪む」には「ひずむ」と読む可能性もあるが意味を考えると「ゆがむ」の方ではないかな。

とりあえず標準語で考えると、形態的には自動詞「歪む」(語幹:yugam)他動詞「歪める」(語幹:yugame)という対応になっており、「歪まれる」というのは自動詞「歪む」に受動 (passive)の形態-(r)areが付いたものとしては適切な形態である。

日本語では自動詞からも間接受動(ややこしいので解説は省くが「被害の受身」といった用語もある)が作れる。たとえばやや強引な例だが「せっかくきれいな正方形を作れたと思ったのに一辺の端だけに歪まれて困った」のような…ちょっと厳しいか。なお自動詞から受動が作れるのは日本語だけではなく、どういうパターンが可能かは言語によって異なる。

なぜこのような表現が出てきたのかも推測するしかないが、英語バージョンの記事を見て面白いなと思ったのは「歪まれた著作権法」と対応する英語は "Broken Copyright Law" だったことである。

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英語の動詞 "break" は自他同形で、現代の標準英語では同形で自他対応がある動詞が大多数、形態的対応があるものが少数派である。概説書などでは(同形の)自他対応の例示に "break" がよく使われ、大学で英語学関連の授業を取った経験などがあるとどこかで "John broke the vase." というような例文を見たことがあるのではないだろうか。関連があるかどうかは分からないが、この記事で自動詞「歪む」がそのままの形で他動詞扱いになったのと似ていると言えなくもない…かな。なお日本語の方では自他同形の対応の方が少数派である。

「歪まれる」という語形の話とはちょっとずれるが、英語の記事では「著作権法」が "break" することとアイスクリームマシーンが "break" することを同じ動詞で表している表現上の面白さが、日本語では「歪む(歪める)」と「壊れる」「故障する」という別の動詞に訳し分けることで分からなくなってしまっている。これはもっとうまい翻訳の仕方はあるのだろうか。こういうのが翻訳による複数言語の対応を見るときの面白さかなと思う。

ちなみに記事のタイトルのような環境では動詞的受動 (verbal passive)と形容詞的受動 (adjectival passive)の区別が付きにくそうだが、"Broken Copyright Law" は形容詞的受動として読むのが自然に思うので、対応する日本語を「歪められた著作権法」にして良いのかという点でも悩みどころがありそうである。

さらに余談として、標準語では基本的に作れない「歪まる」という形がないかと思って検索してみたら少数しかヒットしなかった。なんだか18禁的なページばかりだったのでここでは直接は紹介しない。

「歪まる (yugam-ar)」が形としては可能だとしてそれがどういう形態なのかはさらに可能性が2つある。1つは-arが「止まる (tom-ar)」「見つかる (mituk-ar)」などに含まれる自動詞の形態と考えることである。いわゆる「方言」では標準語と異なる自他対応があることが知られているが、標準語でも「(肉を)炒める」は元々他動詞だけだったのが、対応する自動詞「炒まる (itam-ar)」が後で出てきたことなどが有名だろうか。

もう1つの可能性はwebだと「書かさる」のような北海道方言として有名な逆使役 (anticausative)で、方言によっては-(r)asarのような形態ではなく-ar(に近い形態)で現れることがあったように記憶している(ちょっと自信がない)。

内容の詳しい紹介はしていないが、北海道で使用される逆使役については下記の記事で関連文献を挙げたことがある。

dlit.hatenadiary.com