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歯切れが悪いのは仕様です。

本を書いたので宣伝2(LaTeXとか共著者とか)

はじめに

言語学の形態論と呼ばれる領域の教科書・概説書がもう少しで刊行されます。これはその2つ目の宣伝記事です。前の記事はこちら。

形態論(言語学)の教科書・概説書を書きましたので少しだけ補足と宣伝 - 誰がログ

書籍に関するページは以下です。電子書籍版も購入可能な状態になったようです(発売日の10月10日に配信)。予約・購入の際は刊行形態にご注意ください。

LaTeXによる執筆

本書はすべてLaTeXで執筆・編集・組版を行い、ほぼ完成版の形にして入稿しました。といっても私はLaTeX歴はそれほど長くなく、編集や形式面の調整、組版はほぼすべて共著者の乙黒亮さんがやってくださいました。

以前もLaTeXで論文やハンドアウトを書いたことはあって、樹形図や例文が特にきれいに書けるのは体感していたのですが、私はふだん依頼原稿も投稿や申し込みの場合も最終的にはWordで書くように求められることが多く、LaTeXをメインの環境にする利点がいまいち薄くてそれほど使えていませんでした。これは今も同じ。

Wordとの比較は難しいですね。今やWordもかなり機能が豊かになりましたし。ただ今回書いてみて、書籍のような長い文章を時間をかけて書く場合にはLaTeXで書くと形式面での一貫性を保ちやすいかなというのは感じました。

今は生成AIに頼めばLaTeXでどうやって書けば良いのかすぐ出してくれそうですが、この本を書いていた期間のほとんどは現在の生成AIの登場以前でしたので、樹形図をうまく書くために海外のLaTeXのフォーラムを一晩中さまよう、みたいなことをけっこうやりました。今でも1冊の本をきれいに作り上げるほどの技量・知識はありませんが、本書の執筆過程でかなりできることは増えました。

LaTeXの環境としてはAtomというエディタで書くのが自分にはとても合っていたので開発修了になったのは残念です。Zedが良い感じになってくれると良いなあ。VS Codeは使えないわけではないのですがなんとなく合わなくて…Obsidianももっと早い段階から使えていたらいろいろ捗っただろうなあと思います。最後の方だけでもだいぶあって助かったので。

あと合わせてZoteroに出会えたのも良かったです。元々は乙黒さんとの文献情報の共有というのが大きな目的でしたが、プラグインを使うとBibTeXを文献リストから自動で生成してくれたり、Wordでも文献の挿入ができたりして今や手放せないツールの1つです。個人的にはEndNoteより使いやすいと思います。

本書には事項索引だけでなく、言語索引(言及した言語の索引)、著者索引(言及した文献の著者)も付いています。これも少なくとも私が関わる分野・領域の和書ではけっこう珍しいのではないかと思います。

共著者の乙黒さん

この本を書いて一番得をしたのは私で、たぶんしばらくは私が一番なんじゃないかなと思います。その理由は乙黒亮さんと一緒に書けたからということに尽きます。

まず本書の内容に関わるところでは、立場や用いている理論は対立しているけれども研究に関する問題意識は共有できる方と長い時間さまざまなトピックについて雑談めいたものから学術的な議論までいろいろなやりとりをすることができました。形態論の理論的研究は問題設定を共有してもらうこと自体がけっこう難しいので、研究の立場上は対立していると言っても、「そもそもこういう話ができること自体がありがたいな」みたいな嬉しさがあります。結果として、やっぱりここは対立しているなというところも改めて明確にできましたし、こういうところは結局似てくるみたいなこともいろいろ書けました。

私自身が乙黒さんから学んだこともものすごくたくさんあります。

そもそも私が形態論に本格的に取り組んだのは修士論文以後なので勉強量が足りておらず、基礎的なところ、特に研究史については私にとってもとても良い整理ができました。研究史についてはそれほどページを割けませんでしたが、IA, IP, WPモデルに関する流れ(特にHockett以降)とか、言語学をやっていると必ず出会う「形態素 (morpheme)」という概念が「形式と意味のペア」という形では(形態素基盤モデルですら)採用されていないというような話は、和文文献としては特に貴重だと思います。分散形態論についても、生成統語論研究の視点からだとSelkirkやLieberの統語論的アプローチの後継として位置付けられることが多く、間違ってはいないのですが形態理論の研究史としてはけっこう物足りない感じです。じゃあ何が違うの/新しいのって話についてはぜひ本書をお読みください。

あと乙黒さんは言語類型論も専門なので、本書で取り上げるに当たってさまざまな言語について検討や議論ができたこともたいへん勉強になりました。形態論の文献としてはもともといろいろな言語のものを読んではきましたが、やはり自分の専門は日本語という個別言語なので、実際に研究している方と話ができたのは大きいです。乙黒さんの専門のパラダイム関数形態論についても具体的な分析方法やStump 2001以降の発展などで理解があやふやだったところがアップデートされました。

LaTeXについてもほんとうにお世話になりました。特にトラブルシューティングは自分で調べたり試してもいまいちうまくいかないのに詳しい人に聞いたらすんなり、ということがままあります。こういうのも今だと生成AIに聞けば独力でもなんとかなるんですかね。上にも書いたようにそもそも全体の編集や組版についてはお任せしたところがほとんどでした。

今後、本書に出会ったことでこんな私より得をしたと言える人が出てきたらたいへん嬉しいことです。

くろしお出版の荻原さん

くろしお出版で本書を担当してくれたのは荻原典子さんでした。企画から刊行までかなりかかってしまいましたが、辛抱強く付き合ってくれました。

そもそも、入門書を書いていないのに入門書の次のステップの教科書を書きたいという希望を受け入れてもらっただけでもありがたいです。しかもかなり理論理論しているので、ぜったいたくさんの人に読まれる、という形ではなかなか宣伝しにくい本という感じがします。

しかし最初の記事にも少し書いたように、入門書や入門レベルの概説書はかなり充実してきているにもかかわらず、そこから実際に自分で専門的な研究ができるようになるまでのステップをつなぐ中間的な教科書が少ないのは、個人的にはけっこうその研究分野にとって嬉しくない状況なのではないかという思いがかなり以前からありまして、今回の企画を形にしていただいたのはほんとうに嬉しいです。

荻原さんとは私が最初に書籍に原稿を書いた下記の論文集で原稿をチェックしてもらったことで関わりができました。

活用論の前線|くろしお出版WEB

このときから「すごく鋭い質問するな…」という印象があったのですが、今回も原稿を丁寧に読んでくれて、体裁など形式的なところ(理論系は記号が多いので…)から内容に関わる表現まで多くの修正・改善のサポートをいただきました。専門的な知識を持っている出版社の方の存在のありがたさを改めて実感しました。

おわりに

次の宣伝記事は発売日を予定していまして、改めて本書の特徴やウリ、読み方の簡単なガイドなどと、専門用語の翻訳について書いて刊行に関する宣伝の締めにしたいと考えています。

…ただ日本語文法学会の研究発表の予稿集を提出する締め切りがちょうど発売日(10月10日)なのでいつ頃アップできるかはちょっと不安です。