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歯切れが悪いのは仕様です。

赤とんぼとかうなぎとか(言語学の話)

 いわゆる「赤とんぼ」の絶滅の危険性に関する記事を見る度に書こうと思いつつ,いつも通りなかなか手が付けられなかったのでごく簡単に。

webronza.asahi.com

言語学と生き物の名前

 言語学では,ある言語現象を指す際に生き物の名前が使われることがあります。

 日本語だと「うなぎ文」と呼ばれるものがありまして,うなぎの絶滅関係のニュースが出ると詳しい人が「うなぎ文の説明をする前にうなぎ自体の説明をしなきゃいけない時代が来るのか」みたいなことを言っているのを見かけたことがある方もいるかもしれません。英語だと「ロバ文 (donkey sentence)」辺りが有名ですかね。

赤とんぼとアクセント

 さて,「赤とんぼ文」といった用語や現象があるわけではないのですが,「赤とんぼ」という名前を聞くとアクセント研究のことが思い浮かびます。

 童謡「赤とんぼ」の冒頭部分の「赤とんぼ」のメロディーがかつての東京方言のアクセント(頭高型)を反映して最初の「あ」が高いパターンになっているという話を聞いたことがある方もいるのではないでしょうか。検索してみたらWikipediaでも言及されていました。

ja.wikipedia.org

 私は音声・音韻はあまり詳しくないのでこの辺りの文献をいろいろ読んでいるわけではないのですが,以前の東京方言で5拍名詞に頭高型が多く「赤とんぼ」もそうだったこと,「赤とんぼ」がその調査語彙に含まれていることは事実です。たとえば,下記で紹介されている複数の調査でも実際に「赤とんぼ」が出てきています。

東京弁アクセントの変容

東京弁アクセントの変容

 ちなみに,いわゆる『アクセント辞典』の「アカトンボ」の項目では「(伝統 ア]カトンボ)」という頭高型に関する補足がありますが,

NHK日本語発音アクセント辞典 新版

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2016年に刊行された『アクセント新辞典』の方ではその記述はなく,中高型(アカト]ンボ)のみが記載されています。

NHK日本語発音アクセント新辞典

NHK日本語発音アクセント新辞典

うなぎ文

 うなぎ文については妙に日本語特殊論に引きつけた言及がされることがあるので,何か少し解説でもと思っているうちにこれまたなかなか手が付けられずにいます。

 ある程度専門的に考えたい人は,ぜひ研究の出発点の1つである

「ボクハウナギダ」の文法―ダとノ

「ボクハウナギダ」の文法―ダとノ

を読んでみて下さい。記述や分析に初期の生成文法が用いられているのでとっつきにくいかもしれませんが,実はこの時点でかなり詳細な記述がなされています(日本語の研究者でさえ,この本自体は読んでないのではないかという人をたまに見かけます)。

 また,他の言語でも似たような現象はありそうだという点についても第2増補版では触れられています。この後いろいろ別の研究も出ていると思いますが,この本では英語,ドイツ語,フランス語,ポルトガル語,韓国語,中国語での可能性とさまざまな実例が紹介されています。

生き物の名前と言語学

 話を最初のポイントに戻すと,月並みな言い方ですが,言語学の話をするときに「○○という生き物が昔はいてね…」みたいな前置きはできるだけしたくないですね。

 ほかに似たような組み合わせは,と考えてみたところ「人魚構文」と「ジュゴン」というのを思いついたのですが,ちょっと強引すぎるでしょうか。

2018年度を振り返って

 2018年度は,3つの招待発表(関西言語学会,Morphology and Lexicon Forum,筑波大学応用言語学研究会)と日本英語学会シンポジウムでの発表があり,久しぶりにけっこう人前に顔を出したような気がします。あと久しぶりに海外での発表(Workshop on Altaic Formal Linguistics)もありました。これまで担当してきた中では一番自身の専門に近い「形態論特講」という博士課程の授業を担当するようにもなって,やってきたことを挙げてみると意外と研究に関することが多くてむしろ驚きがあります。

 その割にはあまり研究ができたという実感はなく,保育園のお迎えまでの時間とか,こどもが寝付いてから自分が寝落ちするまでとか,そういう安定していない時間をかきあつめてなんとか形にしたという感じです。

 体感的には,2018年度は新カリキュラムへの移行に関する様々な業務および調整と,学内学会の業務に追われていた印象しかありません。詳細はあまり思い出したくないので書かないことにしますが,2019年度以降もしばらくこの状況は続くでしょう。

 研究費がなかったのもけっこう厳しかったです。2018年度は科研費が1つもなく,いわゆる個人研究費は追加配分を合わせても15万円に届きませんでした。これは着任後一番低い額です。

 新しい年度に関する希望や楽しみは特にありません。防ぎきれない事故や事件,トラブル等ができるだけ少ないように祈るばかりです。

「高輪ゲートウェイ」とか新しい名称のはなし

 下記の記事のタイトルに「日本語学者」と入っていたので気になって読んでみたのですが,

少なくとも下記の記事の該当箇所を読む限りではことばの面から見て問題があるとはっきり言うのは意外と難しいのかもと思いました。ちなみに私自身は「高輪」や「芝浜」といったシンプルで使うのにそれほど支障がなさそうな候補があるのにもったいないと考えています。

一方、日本語学者の飯間さんは、こう指摘する。
「たとえば東京テレポートは海の上につくられた新しい街だが、高輪は江戸時代から古い歴史を持っている街。ゲートウェイがつくことで、高輪といえばゲートウェイになり、泉岳寺などを持つ伝統的な街が発展する可能性を失ってしまう」
「それに、多くの人が嫌だと思いながら使うことは非常に不幸なことです。事実上高輪と呼ばれるようになるという意見も多い。みんなが愛する駅にするべきではないでしょうか」
https://www.buzzfeed.com/jp/kotahatachi/kirakira-gateway

 前者については,後ろの部分が主要部として認識されやすいという話にすれば理屈は分からなくはないのですが,「ゲートウェイ」が固有名詞ではないのでほんとに「高輪といえばゲートウェイ」になってしまうのかなあという気がします。こうやって話題になったので「あの物議を醸した(悪名高き)」という形では「高輪といえば」と言及されるようになるのかもしれませんが。後者については,「事実上「高輪」と呼ばれるようになるなら形式的には「高輪ゲートウェイ」でも良いよね」と開き直られちゃいそうと思ってしまいました。

 下記の提言も呼んでみたのですが,それほど上で言及した話に関する新しい情報はあまりなかったです。

cek.hatenablog.jp

新しい名称

 地域に関係する新しい名称を付ける場合はいろいろ難しい要因があり特に市町村名等で問題が起きていると思うのですが,この手の話を見かける度に,学部生の頃に日本語学の授業で担当教員が言っていた「「更級(さらしな)」と「埴科(はにしな)」を合わせて「更埴(こうしょく)」になっちゃうのは残念だよなあ」という指摘をいつも思い出します。

 こういうふうに語の形や音,表記が変わる場合は問題が分かりやすいと思うのですが,「高輪ゲートウェイ」には「高輪」がそのまま含まれているので,ことばの面から問題点が指摘するとなるともう少し手間が要るのかなという印象です。