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歯切れが悪いのは仕様です。

「死ね」の丁寧語を文法的に考える

下記の記事及びその反応で挙げられているのは,おおよそ「「死ね」を丁寧にした表現」だと思うのですが,ここでは文法的に考えてみます。

anond.hatelabo.jp

以下,「死ぬ」で議論すると「死ぬ」およびその関連形態がたくさん出てきて嫌な感じになりましたので,述語を「眠る」に変えます。

具体的には,文法的な「丁寧」(形態としては「です」と「ます」,「尊敬」とは分けて考えます)と述語「眠る」の文法的な「命令」の可能な組み合わせを検討します。

「眠れです」

「眠る」のいわゆる命令形と丁寧語に関わる形式である「です」の組み合わせを考えると「眠れです」になります。サザエさんSSに出てくるタラちゃんが言ったりしているかもしれません。

おそらく命令形+「です」には気持ち悪さを覚える人が多いのではないかと思いますが,現代語では「です」がかなり多様な表現に付くようになっているという報告と研究があります。気になる方は学会誌『日本語文法』掲載の新屋映子 (2015)「新しいデス文—その機能と実態—」という論文などをご覧下さい。

ci.nii.ac.jp

ただ,この論文では「練習をするです」「冷え込んでましたです」のような表現は取り扱っていますが(p.68),命令形を含む命令表現には触れていないようです。

また,元々「です」には1) 名詞述語文に用いられるテンスを担えるもの(雨でした),2) 形容詞述語文に用いられるテンスが分化しないもの(赤いです),3) 「ます」+否定+「た」の組み合わせでテンスを形態的にサポートするようなもの(分かりませんでした)の3つがあることが知られていましたが,新屋 (2015)で指摘されている新しい「です」は「ピザは食べませんでしたです」のように他の「です」と一緒に用いられかつ構造的にかなり文の外側に出ることがあるようで,名詞述語文の「です」と一緒に「丁寧(語)」としてまとめてよいかどうかは議論の余地がありそうです。

実はほとんどこの「です」の話が書きたかっただけなので,以下は余談です。

他の形式

もう1つシンプルな案としては「眠る」をまず丁寧形「眠ります」にしてさらに命令形にした「眠りませ」が考えられますが,少なくとも現代日本語(共通語)では不可能な形態でしょう。妥協案として他の表現を挟み込んで良いと考えると,「眠って下さいませ」が最もシンプルかつ形態の組み合わせとして可能な表現かもしれません。

他の可能性としては,「命令」を広く取ってテ形やル形(いわゆる終止形),ノダ文による命令を使い,上で紹介した新しい「です」と組み合わせる可能性が考えられます(他にも「なさい」とか)。ただ,実際にやってみると「眠ってです」「眠るです」「眠るんです/眠るんだです」となって,私としてはあまり「命令」っぽさが感じられません。副詞でサポートしてやって「とっとと眠れです」ぐらいにすればなんかどこかで使われていそうな気もします。

役割語や特定のキャラが使う表現を対象にすると,さらに可能性は広がりそうですが(お嬢様ことばで「お眠り遊ばせ」とか?),あまりいろいろ浮かんでこないのでこの辺りで。

dlit.hatenadiary.com

追記(2019/12/26)

下記の論文集の補充法 (suppletion)に関する論文で少し書いたのですが,

レキシコンの現代理論とその応用

レキシコンの現代理論とその応用

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: くろしお出版
  • 発売日: 2019/11/27
  • メディア: 単行本

「死ぬ」は2モーラ語幹動詞では珍しく尊敬形が補充形(極端な不規則形)っぽくなります(×お-死に-になる/お-亡くなり-になる)。ほかの不規則形が出るやつはだいたい1モーラ語幹なんですよね(×お-着-になる/お-召し-になる,×お-見-になる/ご-覧-になる,…)。「死ぬ」という表現がその意味から忌避されやすいなんてことが関わっているのでしょうか。ややこしいことに私の論文ではテストをすると動詞の不規則な尊敬形は(典型的な)補充法ではないという結論を導いているのですが,この議論はさすがに専門的過ぎるのでここでは割愛。