誰がログ

歯切れが悪いのは仕様です。

学部生が買わなくて良い専門書はあるか(ある)

下記のまとめとその反応を見ていると,大学の授業の教科書に触れている人もいるけれど,どちらかというと小説とかいわゆる自己啓発本に言及している人が多いようだ。

togetter.com

ここでは,学部生が専門書(教科書や入門書を含む)を買うことについて考えたことを少し書いておく。大学院生なら迷うことはあるにしても,買わなくて良いかどうかの判断基準や迷った時にどうするかという手段は持っているだろう。

いつもいろいろな話題で書いていることだけれども,おそらく専門分野やテーマ,トピックによって事情がけっこう違うのではないかと思うのであくまで参考程度ということで。あとこの話題については研究者や教員によっても考え方が様々かもしれない。また,下記にたびたび出てくる「ダメ」の基準を具体的に書くのは大変すぎたのでわざと書いていない。あと,これもまたさいきん話題になっていた「授業で買わされる教科書」についても言及しようかと思ったけれども書き方が難しかったのと長くなりすぎそうだったので割愛した。

買わなくて良い専門書はある

まずタイトルの問いについて端的に答えると,(学部生が)買わなくて良い専門書はある。1. 内容に重大な誤りが含まれていて,2. それより良い内容の本がある場合,その本は買わなくて良いだろう。

そもそも内容がしっかりしたものしか「専門書」とは呼ばないという考え方もあるかもしれないけれども,「専門的なトピックについて論じている本」ぐらいの条件で見ると,内容に重大な誤りが含まれている本というのはそれほど珍しいものでもない(もちろん「重大」をどれぐらいの基準にするかにもよる)。専門的な知識や技術が身に付けば怪しい本の「怪しさ」が自分でもある程度判断できるようになるけれども,そうでない時期の貴重な時間をほんとうにダメな本に取られるのはもったいないように思う(これは単に私が貧乏性だからかもしれない)。

では何を参考にするか

大学であれば,授業で提供される推薦書のリストが基本的におすすめ。特に学部生向けのものは教員も吟味・厳選することが多いと思う(ただし担当教員が専門的に見て問題ありというトラップはある)。さいきんはwebシラバスが整備されてオープンになっていることもあるので,自分の所属先にはないタイプの授業や気になっている研究者の授業でどんな本が推薦されているかも見られる。良い時代だ。

webにおすすめの専門書に関する情報を提供している研究者や大学教員もだいぶ多くなったと思う。たとえば言語学だと松浦年男氏のリスト。

researchmap.jp

私も時々ここで読書案内を書くことがある。書くきっかけがいろいろなので基準がばらばらだが。

dlit.hatenadiary.com

自分の興味のあることについて,こういうリストのさらにまとめがある場合はラッキーだ。言語学関係ではないが下記のものなど。

kkawasee.hatenablog.com

ダメな専門書を読むのは良い経験か?

本を買う資金を気にしなくて良く読む時間がいくらでもあるという人は何でも買って読んでみるというやり方もありかもしれない。でも学部生はどちらかについて(あるいはどちらも)厳しい人が多いと思うので,できれば専門的な基準から見てしっかりした内容の本に優先的に触れてほしいと思う。

専門書に限らないかもしれないが,値段の高さと内容の確かさに相関があるとは言えないので,特に高価な専門書については慎重になって良いだろう。私が授業などで読書案内をする場合は,値段や手に入れやすさにもできるだけ言及することにしている。

確かにダメな専門書を読むことが良い経験になることもあるかもしれないが,初学者が独学で読む場合にはそんなに期待できないのではないかと思う。ある程度自分に専門的な知識や技術が付いた段階で批判のトレーニング対象にするとか,そのダメさが判断できる人が参加している読書会で検討するといったケースなら良いかもしれない。さいきんならTwitterやブログに感想を書いたり,評価を投げたりすると詳しい人からアドバイスがもらえることもあるだろう。

ただし,テーマやトピックによっては,問題がいろいろあってもほとんど本の選択肢がない(むしろ本があるだけありがたい)ということもある。勉強していて,自分が調べたいことについてちょうど良いガイドになる本がないという体験をすると,本のありがたさがまた実感できるだろう。さいきんならwebに良いガイドがあるということもあるけれど,webの情報は良く言って玉石混淆なのであくまでも1つの手段と割り切っておいた方が良いのではないか。

買わなくて良い専門書と読まなくて良い専門書は違う

買わなくて良い専門書と読まなくて良い専門書が必ずしも重なるとは限らない。一般的な基準で言うと買わなくて良い(かつ読まなくて良い)専門書でも,特定のトピックについて論じる場合,特に論文を書くような場合には読まなくてはならないということもある。なので,分野にもよるだろうけれども大学院生やプロの研究者・大学教員は「ダメな」本でもけっこう買って持っていたりする。

専門書とは言えないだろうし極端なケースだけれども,下記の「水からの伝言」の批判を書いた時には江本氏の著書を購入した。

dlit.hatenadiary.com

また,これも私が批判を書いている金谷武洋氏の著作は「買わなくても良い専門書」だと思うけれども,日本語研究における「主語」概念の取り扱いをまとめる場合は言及しておいた方が良いのかもしれない。

dlit.hatenadiary.com

ダメな専門書は上にも書いたとおり,詳しい人によるガイドがあれば良い勉強の題材になることもある。私が学部生の時に実際ある概説書の誤りを指摘するのが中心の授業というのがあって面白かったし勉強になった。

良い本がすぐ読めるとは限らない

最後についでに書いておくと,専門的に見て良い本であっても,すぐに読めるとは限らない。いわゆる研究書ならさまざまな前提となる専門知識が必要となることがほとんどだし,「入門書」という名前が付いているものでも別の「入門書」を勉強してからの方が良いことも珍しくない。さいきんは体感だと「それ自身に入門書が必要な入門書」の割合は減ったような気がするし,親切な読書ガイドが付いているものも増えたような気がするので良い世界になってきたと思う。webにも良いガイドが落ちていることがある。

学問にはもっと厳しい環境で臨むべきだと言う人もいるかもしれないけれども,良いガイドがあっても実際に読んだり勉強したりするのは大変なのが専門書なので,専門家の方々の読書ガイドがこれからも増えてくれると嬉しい。専門家の方々には,研究が進んで研究成果が蓄積されていくにつれて学生というか後進の人たちが勉強しなければならないことはどんどん増えるという事情も考慮してもらえるとありがたい。

追記(2020/06/13)

書き忘れていたことがあった。

専門書のタイトルと内容

専門書はタイトルから予測した内容と実際の内容が合わないことが珍しくない。これにはさまざまなケースがあって,専門的な知識や専門用語の不足により起こることもあるのだけれど,専門家でも判断が難しいことがあるので,事前に少なくとも目次だけでも確認した方が良い。さいきんは目次は出版社のサイトで公開されていることがほとんどだろうし,和書であっても本の一部を公開するということも増えてきた気がする(洋書はかなりの部分公開されていることもある)。

はてブコメントでも指摘があるように,図書館で内容が確認できるのがベストなのだけれど今はそれも難しい状況だし,そうでなくても図書館に所蔵がないということもある。大学図書館なら,時間があれば他の図書館から(複写の)取り寄せができることもあるし,教員に持っていないか聞いてみるという手もあるが,慣れるまではハードルが高いかもしれない。