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歯切れが悪いのは仕様です。

【ネタバレあり】「親」や「指導者」から見るマンガ『さよなら私のクラマー』(前半)

さいきん読んで面白かったので少し考えたことを整理しておきます。なんとなく読んでなかったのですが読んでなかったことを後悔しました。大人買いするマンガはたまにあるのですが,最新刊まで読んですぐにまた1巻が読みたくなったのは久しぶりです。

人によっては紹介ともレビューとも取れるかもしれませんが,基本的には自分の受けた印象や読んで出てきた思いを整理するものです。ほかのレビューや作品に関する情報等ろくに調べていませんので,すでにさんざん語られている内容ではないかと思います。

ちなみにサッカーは好きですが自分でちゃんとやったことはないです。ただ,以前フリースタイルフットボールをやっていたのでその時はサッカーやってる人との交流があったり,情報を調べたりということをそこそこやっていました。

追記(2020/12/02)

後半と最終回の記事も書きました。

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はじめに

「熱狂」後の女子サッカーを描いていて,それに伴う独特のテーマ,たとえば「女子スポーツの扱い」,はあるのですが,展開や設定をパターンとしてみてみると実はスポーツマンガとしての「王道」なものが多いと思います。たとえば,部内トラブルにより上級生が離脱,才能ある1年生が弱小チームに集まる,無能に見えて実は有能な監督,新チーム始動直後に突然組まれる強豪チームとの練習試合(しかも全国一),…

しかし,そんなことどうでもよくなってしまうほど迫力のある描写とストーリーによって,ぐいぐい引き込まれる,非常に魅力的な作品です。この後ごちゃごちゃいろいろ書きますが,スポーツマンガに抵抗がなければ,サッカーのことをそんなに知らなくても楽しめると思います。戦術の話は分かったら面白いと思いますが,たぶんそこをぜんぶ流しで読んでも面白い。誉めてるように聞こえないかもしれませんが,これってなかなかすごいことだと思います。その点では『ヒカルの碁』を思い出しますね。

スポーツマンガでは動いている人の描き方が本当に重要でまた難しいと思うのですが,この作品では速さ(あるいは逆にゆったりした感じ),強さ,柔らかさ,なめらかさ,などが印象的に描かれていると思います。その視点からの見え方を描くのかと驚かされることもありますね。動きとともに重要な,表情の描き方も好きです。試合中の気付くか気付かないかぐらいの口元に浮かぶ笑みの表現とか。

さいきんのサッカーマンガでは『ブルーロック』,

サッカーに限らなければ『ワンダンス』が「動き」の描き方では特に好きなんですが,それぞれ違ったすごさがありますね。

ストーリーとしては,相手チームも含め多くの人の背景にも言及するのに,非常にテンポが良く感じられます。ただこれは私が単行本で読んだからということもあるのかもしれません。おそらく,必ずしも細かく描くだけではなく,断片的にしか描かないということもあるからだと思うのですれけども。たとえば,後でも少し触れますが,しばらくは深津監督の過去は印象的なシーン,コマが繰り返し挟み込まれるだけで,あまり具体的には語られません。

「敵」チームに魅力的なプレーヤーがたくさんいるのですが,「「女子サッカーに関わる者」としての仲間」としても描かれているように感じられるのが,「女子サッカー」をテーマにしているところに起因する独特さと言えるでしょうか。

言葉

職業柄,どんな作品を読む際もやはり言葉のことが気になってしまいますが,今回は言語学の専門的な話はしません。

まず全体を通しては,すごく「会話」「発話」をしているマンガだなという印象があります。読者には,印象的なセリフが多いと感じている人がけっこういるとすれば,はっきりと言葉を人に発しているシーンが多いからではないかなと思います。もちろん,心内発話の描写もあるんですけどね。

あと面白いのは,サッカーに関する用語の説明・補足が少ないんですよね。場合によってコマ外に説明が入ったり,登場人物が説明することもなくはないのですが,かなりサッカーを知っていないと知らない表現にも説明がないのが普通です。思いつくだけ適当に挙げても,クリーンシート,リトリート,クラッキ(『ファンタジスタ』では確か説明があったような),ファルソ・ヌエベ(一応「偽9番」と付記されているがそれで分かる人ならそもそも知ってそう),ゴラッソ,「バスを停める」,…「ゴラッソ」はさいきんスポーツニュースなどでもけっこう使われるようになったでしょうか。しかしほんとに読んでても解説ないんですよ。でも,たぶん,分からなくても上に書いたように楽しめます。

これはあまり深く考えたわけではないのですが,1つは検索することや,分からないことで話題になることをある程度見越しているのかなと思いました。それぞれの表現が知らなくても非常に印象的になるように使われていますし,むしろ説明しないことが良い効果を生んでいるまであるかも。

語彙もいろいろ気になるのがありますが,多いので割愛。たとえば,作中での「フットボール」と「サッカー」の使い分けとか調べてみると面白そうです。

あと,「ぐう」ってかなり市民権を得たのかなとか(これは曽志崎のキャラもあると思いますけど)。

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指導者と親

自分が教員という職業で,またこどももいるために,さいきんマンガを読むと「指導者」や「親」の描かれ方が気になってしまいます。

この作品に出てくる指導者は魅力的で言葉も印象的な人物ばかりですが,監督がなんというか「見守る男性」ばかりなのはちょっと気になりました。浦川茜ほどのプレーヤー兼戦術家(コマの左にいる選手)がいるなら,

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女性の監督,たとえば能美奈緒子の同期や先輩世代の選手で指導者になった人物,が1人ぐらいいても良さそうです(これから出てくるのかもしれませんが…)。これは「そう描くべきだ」とかそういう主張ではないんですが,もしかしたら,女子サッカー界の現状を描くとこういう構図になるということなのかもしれません。

ちなみに,能見奈緒子は指導者としては徹底的にサポート役として描かれていますね。日常の練習やトレーニングを見ているシーンが断片的には出てきますが,元世界トッププレーヤーなのに,その経験を活かしてアドバイスをするような場面は出てこないんですよね。もう色々な選手が「覚醒」しましたが,今後能美の指導者としての覚醒はあるんでしょうか。

一方で,能美は深津を揺さぶる,動かすという点では非常に重要な役割を担っていますね。13巻で登場する,深津を動かした能見の一言「あのコ達こそ日本女子サッカーの未来だ その未来をダメにするのは無責任で無関心なあんた達だ」

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が表現上対になっているのは,たぶん1巻に出てくる深津の一言「女子サッカーに未来はあるのか?」で

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これだけでも印象的なんですが,能美のセリフが向けられているのが「あんた達」と複数なのがポイントですね。指導者としてはこれは読んでいて「刺さる」一言ではないでしょうか。

ちなみに上にも少し書いたように,深津の葛藤そのものは,象徴的なシーンがちょっとずつ繰り返されるだけで意外と描かれていないのも面白いところです。事実関係については,高萩数央による補足がありましたが,内面的な描写はあまり出てこないんですよね。

あと,「女子」が付いていない「日本サッカー」全体への言及も出てきて,使い分けが面白いところです。

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「女子」と「男子」というところで言うと,男子サッカーのメンバーも出てくるのですが,少なくともこの作中ではかなり脇役に徹している印象ですね。たとえば,バスケですが『DEAR BOYS』とは対照的だなと感じました。

また,スポーツマンガとしては,親や家族が競技に関わる描写が驚くほど少ないなと思いました(藤江家など家族もプレーヤーの場合を除く)。合宿のエピソードで登場する周防すみれの親など,登場人物としては出てきますが,競技に対する干渉がないのです。

スポーツマンガでは,たとえば親の反対というのも1つのよくあるトピックだと思うのですが,そういう描写は出てこないのですね。来栖未加なんかいわゆる「お嬢様」として描かれていますが,それでもサッカーをすることに反対があったというエピソードは出てきません。

全体として,これもスポーツマンガではよく扱われる「暴力」も出てこないんですよね。むりやり挙げるならラフプレーに関するエピソードが少しあるぐらい。過酷な練習のエピソードは出てきますが,「体罰」もない。ただ少年マンガということもあるからなのか,こういう描き方をするマンガというのはありますね。

おわりに

長すぎたので,ここで1回記事を切ります。後半は「天才と凡人」「趣味の描写」「プレーヤーの覚醒」などについてまとめる予定です(すでに下書きあり)。