誰がログ

歯切れが悪いのは仕様です。

「気が緩ん」でもOKなことをサポートしてくれる仕組みやデザイン

緊急事態宣言が解除されるということですのでその前にここ最近気になっていたことを少し書いておきます。

「(気が)緩む」

まず,今回のコロナ禍に限った話でもないのですが,私はそもそも人々の行動や社会のあり様に対して「(気が)緩む」というタイプの表現を使うのがあまり好きではありません

「(気が)緩む」という表現が指す内容を明瞭に,あるいは具体的にすれば使える場面,文脈もあるのかもしれませんが,現状では少なくともカジュアルに使われすぎではないかと思います。特に政治家が使うのは慎重になってほしいと考えています。

ただこれは特に専門的な根拠があるわけではなく,人がある行動をした時あるいはその前後の心理,そう行動することになった要因や関連する状況,環境といったものは身近にいる人ですら簡単に分かるものではないという私の素朴な経験則に基づくものなのでご注意ください。

私の観測範囲での使われ方を見るとこの表現がどの程度行動を指していてどの程度心理や心情などを指しているのかはかなり幅があるという印象がありますが,ここでは文字通り?心理や心情面の話をします。

仕組みやデザインに従う

もうここまででで書きたかったことの半分くらい書いてしまったのですが,もう半分は,仕組みやデザインに従うことで緊張感を持続しなくて良いのであればそれをうまく利用してみてはどうかということです。

たぶん一番分かりやすい例でまた私が気になっているのは列を作る際に間隔を開ける目安として地面に設置されているマークです。

だって,あれに従って並べば完全にではないにせよ「ソーシャル/フィジカル ディスタンスどうしよう」っていう悩み?から解放されるのですよ。素晴らしくありませんか。実際にはマークの設置がないとか間隔が狭いとか色々問題もあるのかもしれませんが。

こういう仕組みやデザインに任せることでずっと緊張感を保たなくて良かったりする,つまり「(気を)緩め」てもOKになるということがあるのではないでしょうか。なので,私はこういう仕組みやデザインが設置されていることにとても感謝しています。

他にも色々あるかもしれませんので,よければこの記事を読んだ方も具体例を挙げたり紹介してみたりしてくれると嬉しいです。

列の間隔を詰めたい?

ただ,前にも行列のことをちょっと書いたのですが,感染状況が厳しい地域の1つである東京でもけっこう間隔を詰めて列に並んでいる人を見るのは珍しくありません。

dlit.hatenadiary.com

私は列に並ぶこと自体はそんなに苦痛ではないのですが,間隔を詰めて並ぶのは以前から苦手なんですよね。なのでこれを機に間隔を空けた行列がスタンダードになると良いなと密かに思っているのですがなかなか難しそうな気がしています。

私の個人的な希望は別にして,こういう仕組みやデザインはせっかくなのでもっとうまく利用されてほしいと思いますし,よろしければ身近な人にもそうすすめてみませんか(ただ実際の言い方は意外と難しいかも…)。少なくとも私は「緊張感を保とう」とか「気を緩めるな」といった表現を使われるよりも「この目印に並ぼう」とか言ってもらう方が具体的に何をすれば良いかも分かりやすくて好きです。皆さんはいかがでしょうか。

【宣伝】論文集『言語研究の楽しさと楽しみ―伊藤たかね先生退職記念論文集』に語種と接辞に関する論文を書きました

論文集『言語研究の楽しさと楽しみ―伊藤たかね先生退職記念論文集』が刊行されました。執筆者ということでいただいた手元にあるものの奥付を見ると刊行日は3月22日となっているのですが,Amazonではもう購入できるようになっていますね。

私は「分散形態論と語彙層を越えた異形態としての接辞」という論文を書きました。以前関西言語学会の招待発表でやったもので,多少データや用語等を整理したりもしていますが,基本的な内容は下記のハンドアウトからあまり変わっていません。データは面白いと思っているのですが,分析がきちんとできていないのがいつもながら私のダメなところです。

www.academia.edu

竹沢幸一先生の還暦をきっかけに編んだ論文集の記事でも書いたのですが,さいきんはこういう記念論文集というのはなかなか刊行するのが難しくなってきているようです。

dlit.hatenadiary.com

私は伊藤たかね先生が指導教員だったというような関係ではないのでここで思い出話のようなものを書くことはしませんが,常に穏やかな物腰から発される鋭い質問やコメントは研究者として憧れますね。MLF等の研究会ではいろいろお世話になっていまして,私のように勢いと思いつきで新しい場に参加しちゃうような人間にとってはありがたいことです。

Remoを使った研究イベント(言語学フェス2021)雑感

Remoを使って行われた言語学を中心にした研究イベントがあって,そこでポスター発表をした時に考えたことなどを書いておきます。

大学院の入試業務にまみれていたら終わってからあっという間に2週間以上経っていました。今年は従来の試験に加えてオンライン試験の可能性があるので,業務量も拘束時間も単純に2倍(以上)ある感じです。まあこの話はできるようならまた改めて。

イベントの概要

まず,運営に関する様々なことを担当・解決してくださった皆さんに感謝します。特に中心になっていた松浦年男さん,矢野雅貴さんは大変だったと思います。あとかなりご無沙汰になっていた方にも思ったより会えて良かったです。

どういう発表があったかということについては下記のページをご覧下さい。

massayano.github.io

運営のかなりの部分を担当された松浦さんの下記の記事を読むと,全体の様子からRemoの使い方・課題までよく分かるかと思います。オンラインイベントの記録や,Remoの使用感が知りたい方はまずこの記事を読んでみてください。

note.com

ちなみに私の発表のポスターはAcademia.eduで公開しています。どうもこのサービス上ではファイルがうまく見られないようなのですが,ダウンロードして見ることはできるはずです。

www.academia.edu

参加者

イベントの名称に「言語学」と入っていますが,私の見えた範囲でも非常にさまざまなバックグラウンドを持つ人が参加したようで,言語学を軸にした「交流」という目的にとっては非常に良い場だったのではないでしょうか。

私のところにも,大学院生や大学教員に加え,学部生の方が来てくれて質問も受けました。あと所属などは聞かなかったのですが自然言語処理畑の方と話ができたのは良かったですね。知識や研究成果については本や論文からある程度知ることができますが,分野の動向のようなものは分野外の人は知るのが難しいことも珍しくありませんから。

ちなみに目立って質問が多かったのがLINEのデータの取り方で,私は近くに専門にしている研究者(落合哉人さん)もいるので意外だったのですが,興味はあるけどどう研究して良いか分からないので手を付けていないという人はけっこういるのではとちょっと気分が明るくなりました。

実は研究に関するイベント(研究会や学会)や発表への参加の方法も分野によって違いがあったりしますので,参加者の戸惑いはけっこうあったかもしれません。ただこれはオンラインでなくても不慣れな場に参加するとよく起こることで,ある程度はしかたないと考えています。

ポスター発表

実は私はあまりポスター発表を頻繁にやる方ではありませんで,今回もかなり久しぶりに作りました。作りながらあいかわらずちょっと文字詰め込みすぎかなとも考えたのですが,今回はどんなイベントになるか,どれくらいうまくその場でコミュニケーションができるか不安だったので読めばある程度のことが分かるという形にしたかったのですよね。ならハンドアウトも作れって話なんですが,それは時間が足りずできませんでした。

ほかの方の発表も気になるものがかなり多く(というか全部見たかった)事前にどこに行こうかけっこう悩んでいたのですが,結局自分のところにずっと誰か来て質問などしてくれていたので,ほとんどどこにも行けませんでした。お名前を見かけて声をかけられなかった方もかなり多く。発表者としてはもちろん大変嬉しいことなのですが,非常に残念でした。

Remo

難しい

Remoはアカウントだけは取っていたのですが,まともに触るのは初めてでした。別の機会にとある大きめの研究会がRemoをテストしたけど運営が難しそうで結局本番では使わなかったという話も聞いていたのですが,運営の方から使い方について丁寧なマニュアルを提供してもらいましたし,私自身新しいツールはいろいろ試してみたい方なのでそこまで心配はしていませんでした。

しかし結果から言えば,事前のリハーサルに参加しておいてほんと良かったです。発表本番もそれほど万全というわけではなかったのですが,ぶっつけでやっていたらおそらくひどいことになっていたでしょう。運営がリハーサルの日時を最初の計画から大幅に拡大して直前の1週間どこでもできるようにしたのはほんと素晴らしい判断だったと思います。この点も感謝です。

上で紹介した松浦さんの記事でもいくつかRemoの特徴,使い方の難しさについて触れていますが,席数の制限のこともありますので,理想としては発表を複数日にまたがってするのが良いのではないかということを考えました。たとえばポスター発表なら3日間ともポスター貼りっぱなしで3日間とも特定の時間に質問・コメントを受け付けるといった形(どこかの国際会議がこんな感じでやってた気がするのですが思い出せません)。

複数日開催にすると運営はとても大変なわけですが,参加者が次の機会までに情報収集をしたり慣れたりすることができるかなと。まあでも大変ですよね。運営もたくさん人がいてそれぞれが柔軟に動け,参加者もある程度の「適当さ」を許容できるといった条件が重なれば実現できるんでしょうか。

テキストコミュニケーションの使い方

ここ1年くらいいろいろオンラインのイベントに参加した経験からはチャットでもけっこう質問やコメントが来るのではないかと思って定期的にチェックして,また私自身も「チャットでも質問を受け付けています」と書いたりしてみたのですが,結局チャットでの質問・コメントはなかったようです。これは意外でした。

ただ後で知ったのですが,チャットは入退出で消えてしまう仕様ということで継続性が厳しいみたいで。私のコメントも数回書き込んだのですが出入りが頻繁だと見た人はけっこう少なかったのかもしれません。イベントの性質上席を離れないということでもない限り,Remoに付いているチャット機能で研究の質疑応答のようなことをやるのは厳しそうです。松浦さんも書いている通りほかのサービスを使うとかですかね(しかしサービスが増えると別の大変さも出てきそうで)。

付箋は入退出で消えない仕様のようで,こちらでコメントをもらえたりして助かりました。付箋に名前を書いておいてくれた方を別のところで見かけて話をするということもできました。ただ,付箋自体に返信を付けたりすることはできないようで,たとえば発表者からの返信だと分かるように貼るのはちょっと工夫が要りそうでした。これが分かりやすくできると参加者全体にとって良いですよね。前の人が残したやりとりをきっかけに議論が深まったりするかも。私自身はあまり付箋をうまく利用できませんでした。せめて「付箋でも質問・コメント受け付けます」とか付箋で貼っておけば良かった。

おわりに:オンラインイベントとの付き合い方

コロナ禍下でさまざなことがオンライン化されて,私自身運営に関わったり参加者になったりする中で,特に何か困ったことや嫌なことに出会ったら「実は対面でも同じ/似たようなことが起きるのではないか」と考えるように意識しています。「オンライン」はどうしてもサービスやツールの存在感が大きいためか,良いことも悪いこともサービスやツールの話に集中しすぎてしまうような気がしていまして。

もちろんサービスやツールの個々の特性やそれらとの付き合い方というのは重要で,オンライン特有の問題点や良さというのも確実にあるのですけれども。「そういえばオンライン化される前もこういうことあったな」と思い至れるだけでも気が軽くなったりします(私は)。

松浦さんも書いているように,オンラインだからこその発表の方法というのが今後よりはっきりと見えてくると良いなと思うのですが,最初は慣れている形式(今回で言えばポスター発表)を試していくのも重要ではないでしょうか。

以前WAFL 14で発表した時に,ポスター発表は大きめのディスプレイに直接ファイルを映し出すという形式だったのが印象に残っています。ポスターを海外に持って行く大変さは減るわけですが,ポスターの作り方はディスプレイのサイズと形(横長)に影響を受けるわけで。オンラインじゃなくてもツールや場によってやり方を変えなくちゃいけないということはあるんですよね。