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【研究ノート】「ドラゴンクエスト」シリーズにおける呪文名の形態論的記述に向けて

0. はじめに*1

 本稿は「ドラゴンクエスト」シリーズにおける呪文名に対する形態論的な観点からの記述の準備として、記述方法や論点、重要なデータの整理を行い、議論の足がかりを作ることを目的とする。従って全ての呪文名を取り上げることはせず、形態論的な派生関係や接辞類の考察に有用だと考えられる呪文名を主に取り扱う。また、各語彙/形態素の由来・語源は考察対象としない。
 できるだけ多くの現象・論点に言及しようと務めた結果、全体としては雑駁な論考になってしまったが、今後の研究の叩き台となれば幸いである。

1. 対象と方法

1.1. 記述対象

 「ドラゴンクエスト3」の呪文名を対象とする。なお、呪文(名)とその効果については以下のページを参考にした。

3のみを取り上げる主な理由は、3においてその後のシリーズにも引き継がれていく呪文の基本系統がある程度出揃い、また体系的な記述を行うのに魅力的なだけのデータ量があるという点である。4以降も基本的に呪文は増える傾向にあり、特に9において多くの呪文が追加され形態論的な考察には向くが、筆者が8および9は未プレイであり内省に自信が無いこと、また複数の作品を取り扱うと作品によって効果が異なる呪文の取り扱いが複雑になることから今回は対象を3に絞ることとした。しかし、考察の都合上他作品に登場する呪文(名)に言及することもある。

1.2. 派生に関わる素性

 文法的素性とその値としては次の二種類を仮定し*2、以下にある例のように記述する。なお、《威力》は「ダメージ」「成功率」の両方をカバーする素性である。

  1. 《対象》:値としては[+単体][+グループ][+全体]
  2. 《威力》:値としては[+増][+減][+最小][+中][+最大]など

例:ベギラマ:《対象[+グループ]》《威力[+中]》
 《威力》の値としての[+増][+減]は相対的な威力の変化を担う素性であり、[+最小][+中][+最大]は絶対的な威力の程度を担う素性であるとする。両方を仮定する理由は、同系統にある呪文名が段階的な派生を経ている場合と、最小威力の呪文名から直接派生されていると分析できる場合があるからである。たとえばメラ系を例にとると、最大威力の「メラゾーマ」は、形態上は中威力の呪文名「メラミ」を経ているわけではなく(=「ミ」という形態を含まない)「メラ」+「ゾーマ」という構成によって「メラ」から直接的に得られる。相対的な威力の変化と呪文名の関係については以下の記述で具体的に述べる。
 なお、「火炎」「回復」「すばやさ上昇」といった各呪文系統が持つ特徴は形態的派生によって変化することがほぼ皆無なので、文法的素性ではなく語彙的特徴であると考えたい。また、たとえばギラ系は常に《対象[+グループ]》であり派生による値の変化は起こさないが、このような場合は語彙に指定されている文法的素性としておく方が体系的な記述のためには良いと考えられる。

1.3. 語幹の認定について

 語幹は「語形同士の差異から切り出すことのできる接辞類を除いた最大の部分」とする*3。なお便宜上、形態素境界が音節を分断する場合はローマ字表記とし、それ以外は片仮名表記を用いる。分析の方法によっては語幹の範囲の可能性が複数考えられる場合もあるが、本稿では取り上げない。

2. 接辞類

 「ファイナルファンタジー」シリーズにおける接辞「ラ」「ガ」に比べると、規則的あるいは生産的な接辞は比較的少ない。ここでは、複数の呪文系統に出現しかつ派生に関わる形態素を接辞と考えておく。

2.1. 接頭辞「ベ」
  • 該当する語形:ベホイミ/ベホマ/ベホマラー/ベホマズン、ベギラマ/ベギラゴン、

 「ホイミ」→「ベホイミ」、「ギラ」→「ベギラマ」の派生を考えると《威力[+中]》あるいは《威力[+増]》の素性を担うのではないかと考えられる。「ギラ」→「ベギラマ」の例では「べ-マ」が接周辞(circumfix)であると考えることもできるが、以下に述べる接尾辞「マ」の存在や日本語が基本的に接周辞を持たない言語であることを合わせて考えると、「べ-マ」は接尾辞と接頭辞のペアであるという可能性が高いように思われる。

2.2. 「マ」
  • 該当する語形:ベホマ/ベホマラー/ベホマズン、ベギラマ、バギマ、(マヒャド)

 基本的には接尾辞であろう。「バギ」→「バギマ」の派生から《威力[+中]》あるいは《威力[+増]》の値を持つ接辞ではないかと考えられるが、「ベホマ」が「ベホイミ」からの派生であると考えると、《威力[+増]》である可能性が高い。しかし、ホイミ系に現れる「マ」は「ミ」の音変化と分析できる可能性もあり、現段階では強い証拠とは言えない。
 「ヒャド」→「マヒャド」の場合の「マ」は《威力[+最大]》の値を仮定する必要があるため上記の接尾辞の「マ」との共通性がそこまで見られないが、英語の"en"のように接頭辞としても接尾辞としても現れる接辞(例:en-rich, sick-en)の例も無いではない*4し、《威力》という文法的素性に関わるという点では共通しているのでここでは括弧書きで示しまとめて記述しておくこととした*5
 また、シリーズ4で出てくる「ラリホー」→「ラリホーマ」の派生では「マ」の付加により《威力》の値が変化していて上記の接辞「マ」との共通性が見られる。しかしこの派生では同時に《対象》の値も[+グループ]から[+単体]へと変化しており、シリーズ5〜8では再び[+グループ]の値を取り戻しているものの、シリーズ9では[+全体]に変化し、「ザラキーマ」「メダパニーマ」における《対象[+全体]》の値を持つ「ーマ」に合流していった様子が見て取れる。これは「ラリホー」の語幹末の長音と接辞「マ」の組み合わせが直前の音節の長音化の力を持つ「ーマ」に再分析されていった過程であると考えられよう。

2.3. 接尾辞「ズン」
  • 該当する語形:イオナズン、ベホマズン

 「イオ」→「イオナズン」の派生から《威力[+最大]》の値を持つと分析したいところだが、「ベホマ」→「ベホマズン」の派生を見るとむしろ《対象》の値が変化しており([+単体]→[+全体])、文法的素性というよりは「その系統における最難度」を表すような接辞であるのかもしれない。
 なお、「イオナズン」の「ナ」は「イオラ」の「ラ」の音変化の可能性も考えられ*6、そうすると「イオラ」→「イオナズン」という派生関係になるので、「ズン」に指定されている素性は《威力[+増]》であると分析できる可能性も浮上する。現段階では考察に該当する語形が少なすぎるので、今後新しい呪文名が出てくることに期待したい。

2.4. 「ラ」
  • 該当する語形:イオラ/(イオナズン)、ザラキ、(ベホマラー)

 「イオ」→「イオラ」の派生からは《威力[+中]》あるいは《威力[+増]》の値を持つ接辞であると考えられるが、「ザキ」→「ザラキ」の場合は《対象[+グループ]》かつ《威力[+減]》の値を付加するため両者の共通性は見えにくい。「ザラキ」の場合「ラ」は接中辞(infix)であるが、接中辞は接頭辞に近い性質を示すものは存在する*7一方、接尾辞に近い例は(管見の限りでは)あまり無いということも考慮すると、接尾辞「ラ」との共通性についてはやはり疑問が残る。
 この接中辞の「ラ」は《対象[+グループ]》かつ《威力[+減]》の値を持つという点では「ベホマ」→「ベホマラー」に見られる「ラー」との共通性が見て取れるが、長音の存在が気になるためここでは括弧書きで示している。「イオナズン」が括弧書きで示してあるのは前項目「ズン」で述べた分析の可能性を取ると「ナ」は「ラ」が音変化したものとも考えられるからである。以上のことを合わせると、「ラ」を接辞としてたてるにはまだ根拠が弱いのではないかと思われる。

2.5. 接辞とその機能について

 以上見てきたように、複数の環境に生起する少数の接辞についても、素性やその値が一定でないことが多い。ここでは接辞と文法的素性を対応させた記述を行ったが、各系統に単なる呪文のレベルのようなものを設け、そのレベルと接辞が対応すると考える方がすっきりした記述が可能になるかもしれない(cf. Word and Paradigmモデル)。また、各接辞は単に形態的な差異を表すという機能を担っているだけという可能性も考えられる*8

3. 各論

 全ての派生関係を取り上げることはできないので、ここでは特に興味深いものについて考察する。

3.1. ヒャド系

 1.3で示した定義からは、語幹は「hyad」ということになる。では「hyad-o」の「o」は何かという疑問が浮上してくるが、「ヒャド、マヒャド」対「ヒャダルコ、「ヒャダイン」という後続形態素の有無による対立を考えると、「hyad-o」は露出形、「hyad-a-」は被覆形ではないだろうか(例:「雨 ame」対「雨傘 ama-gasa」、有坂(1934))。しかし、露出形-被覆形には/o/-/a/という母音のペアが存在しないという問題点はある*9
 さらに、この系統の呪文名はその形態的派生に《威力》と《対象》の二つの素性が関わるためか「ヒャダイン」という語形の存在と後続シリーズにおける消失という体系性から見ると興味深い現象が見られるが、この問題については稿を改めて論じることとしたい。

3.2. すばやさ、守備力増減系

 まず、ルカニ系の語幹は「rukan」、スカラ系の語幹は「suk」となり、上記ヒャド系と同じく閉音節で終わる語幹を持つことを指摘しておきたい*10。また、シリーズ9で「ピオリム」に対して「ピオラ」、「ボミオス」に対して「ボミエ」という呪文が登場していることは、「ルカニ-ルカナン」、「スカラ-スクルト」という対立に対応する形で体系の“あきま”を埋める動きとして注目に値する。

4. おわりに

 以上、非常に荒いものではあるが具体的な記述、分析例を示した。以下では主に残された問題、今後の課題について簡単に述べたい。

4.1. 音韻論的観点からの記述

 本稿ではアクセントについて記述することはできなかった。形態的派生とアクセントパターンの関係についての記述および考察は重要である*11。また、同系統内では基本的な呪文ほどモーラ数が少なく、強力な呪文ほどモーラ数が多くなる傾向にあることも形態論的な観点からは気になるところである。

4.2. 歴史的変遷

 1.1で述べたように基本的にシリーズ3を対象としたため、語形あるいは体系全体の歴史的変遷についてはほとんど考察することができなかったが、いくつか指摘したように興味深い体系の変化は見られる。ちなみに作品内での時間関係よりは、現実世界での作品の時系列に沿った方が言語学的な研究には向くのではないかと考えている。

4.3. 対照研究の可能性

 他体系(ファイナルファンタジーシリーズ、ウィザードリィシリーズなど)との対照研究も興味深い所ではあるが、そのためにはまず各体系における魔法名、呪文名の記述が必要であろう。ドラゴンクエストシリーズとともにそれらの研究が今後盛んになることを期待してやまない。

4.4. その他

 他にも本稿で接辞として取り上げることのできなかった派生に関わる形態素(例:「ベギラゴン」の「ゴン」など)をどのように扱えばよいのかという大きな問題が残されている。それと対になる問題であるが、各呪文系統の具体的な分析もほとんど示すことができなかった。先に述べたようにドラゴンクエストシリーズの呪文名はそれほど体系的な派生関係を作っていないように見受けられるが、だからこそ形態論的には興味深い研究対象になるとも考えられる。今後の研究の発展が楽しみである。

引用文献

  • 有坂秀世(1934)「古代日本語に於ける音節結合の法則」『国語と国文学』11(1).(『国語音韻史の研究 増補版』, 1957, 三省堂 所収)
  • 川端善明(1997)『活用の研究1』清文堂出版.
  • Kitagawa, Chisato and Hideo Fujii(1999) “Transitivity alternation in Japanese,” Papers from the Upenn/MIT Roundtable on the Lexicon (MITWPL 35): 87-115.
  • 松本克己(1995)『古代日本語母音論―上代特殊仮名遣の再解釈―』ひつじ書房.
  • 坪井美樹(2001)『日本語活用体系の変遷』笠間書院.

補遺(という名の追記)

 接中辞(infix)についてはアメリカ英語の-fucking-を例に書いたことがある。参考にされたい。

*1:本稿の執筆にあたって黒木邦彦氏、吉村大樹氏をはじめ数名の言語研究者諸氏より貴重なご指摘をいただいた。記して感謝したい。もちろん本稿における不備や誤りは全て筆者の責任である。

*2:《威力[+最小]》の値などは記述の際は未指定としてよいかもしれない。

*3:本稿では「語幹/接辞」や「派生/語形変化」などの概念をどのように考えるのかという問題には立ち入らない。

*4:ただし、ここでの"en"は派生接辞であり屈折接辞ではないことに注意されたい。

*5:さらに、「メラゾーマ」も「メラ-ゾー-マ」のように分解すれば接尾辞「マ」が含まれていることになるが、理論的にも経験的にもその根拠が弱いためここではその可能性を指摘しておくだけにしたい。

*6:黒木邦彦氏の指摘による。

*7:オーストロネシア系の言語に見られる接中辞には頭子音の存在の有無により接頭辞としても振る舞うものがある。

*8:形態的な差異という要因が屈折形態論において重要であるという研究はたとえば坪井(2001)などを参照されたい。また、Kitagawa and Fujii(1999)は自他両用の形態素-eについて形態的な差異を表す機能を持つというような分析を提示している。

*9:松本(1995)、川端(1997)には上代語における/o/-/a/の母音交替の例が提示されているが、いずれも語幹内の母音の対立で意味の変化に関わり、後続要素の有無には関係が無いようである。

*10:他には「ザオラル」「ザオリク」の語幹「zaor」が挙げられる。

*11:ドラゴンクエストシリーズの呪文体系 - Wikipediaの「ボミエ、ボミオス」の項目でなぜかここだけ「アクセントは「ボ」」という記述がある。