誰がログ

歯切れが悪いのは仕様です。

“man-spread” と「芝充」

はじめに

 下記の記事,おもしろく読みました。私はふだんジェンダー言語学の文献も読むからなのか抵抗感無かったのですが,タイトルだけ見て読んでない,あるいは途中で読むのをやめてしまったような方もよければ最後の3段落は読んでみて下さい。

gendai.ismedia.jp

 「マンスプレイニング (mansplaining)」については詳しい背景を知らなかったのですが,こういう内容は詳しくない人が調べると相当大変なので(どんなにやっても調べられないまである),やはり専門家が書いてくれると助かりますね。

 私がこの話題に触れる度にいつも思い出すのは,かなり昔に(ジェンダー言語学が専門ではない)言語学の研究者との雑談で聞いた「男性同士の会話のデータを見ていると知識の披露し合いがよく見られる」という話です。その時は男女間の話はぜんぜん念頭になかったのですが。

 「有徴」は話の内容からして言語学でいう「有標性 (markedness)」のことかと思って便乗して少し解説・紹介するというのも考えたのですが言語学の範囲に限ったとしても意外と大変そうだなという気がして躊躇しています。『言語学大辞典』の術語編でも “markedness” の項目に「有徴」という訳語の指摘はありませんでしたし,とりあえずこの記事では置いておきます。

アイディアにはっきりとした名前が付くこと

 さて,名前が付く前に概念や意味が存在するのかというような話もまた置いておいて,

昔から存在する現象に名前がついたのがポイントだ。ソルニットのエッセイや「マンスプレイニング」という新語は、ぼんやりと存在はしていたが、明確に言い表されてはいなかったものをはっきりさせた。
男たちはなぜ「上から目線の説教癖」を指摘されるとうろたえるのか(北村 紗衣) | 現代新書 | 講談社(2/4)

ということは珍しくないのではないでしょうか。

man-spread

 この記事で “manspread” という語の存在をはじめて知ったのですが,電車通勤の身としては以前から気になっていた現象だったので呼び名があるということをうらやましく思います。

 うまく和訳できないかと思ってちょっと考えてみたのですがなかなか難しいですね。「雄々股開き」というのを思いついたのですが,(漢字)表記に依存しているので形態論の研究者としてはどうかなと思ってしまいます。なんか良いアイディアないでしょうか。ちなみに英辞郎には "manspread" で項目があって「大股座り◆電車などの公共の乗り物の座席で、男性が脚を大きく開いて座る迷惑行為。」となっていました。

芝充

 タイトルに入れてある「芝充」もそのような語の1つです。私はこれを筑波大学のキャンパスことばとして知ったのですが,以前も書いたように

dlit.hatenadiary.com

こういうことばは記録に残りにくいのでひとまずここに書いておくことにしました。今なら検索するといくつか言及が見つかります。

芝充(しばじゅう)
主に2学と3学の周りにある芝生の上でご飯を食べること。
覚えてほしい大学用語(1/3) | 筑波大学 学生生活のすべて

 この説明はかなり簡潔になっていますが,「(特定のエリアの)芝生でお昼の際に素敵な時間を過ごすこと/過ごしている人」という概念自体は実は私が学部生だったころ(1998-2002)すでにあったのですよね。「私たちはああはなれない」的なニュアンスの会話もあったと記憶しています。それが,「リア充」という語が誕生したことによりそれを基盤にして名前が付いたわけです(たぶん)。筑波大学赴任後に知った時にはけっこう感動しました。感動したのと今でも使用されているかの確認のために授業でもこの話をすることがあります。

 以前はこのような表現については新歓パンフレットのような手に入れにくくまた残りにくい資料しかなかったのですが,今はwebで誰かが言及している可能性がありますので,情報は得やすくなっているかと思います。あと未調査ですがSNSを通して他大学であってもキャンパスことばが伝播するということも起きやすくなっているのではないでしょうか。

おまけ:混成語

 “man-(ek)splain” もそうですが,“man-“ 関係の語は混成語 (blending)っぽいのが見られるのも面白いですね。記事で挙げられている語では “man-(in)terrupt” もそうでしょうか。

 混成(語)はざっくり言うとある要素の前の部分と後ろの部分をくっつける語形成なのですが,日本語では「ゴジラ:ゴ(リラ)+(ク)ジラ」のように固有名詞に多く(その他の語彙では「やぶく:やぶ(る)+(さ)く」など少数),英語では “brunch: br(eakfast) + (l)unch”, “smog: sm(oke) + (f)og” のように比較的よく作られるということが知られています。

 何度か紹介していますが,この手の語形成について簡単に知りたいという方には,下記の本をおすすめしておきます。

新語はこうして作られる (もっと知りたい!日本語)

新語はこうして作られる (もっと知りたい!日本語)