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歯切れが悪いのは仕様です。

【宣伝】論文集『レキシコンの現代理論とその応用』に補充法に関する論文を書きました

今年は偶然にも宣伝の多い年になっています。論文集『レキシコンの現代理論とその応用』が刊行されました。Amazon等でも購入可能になっています。

収録論文は以下の通りで,くろしお出版のページから見ることができます。

第1章 Swarm交替現象再考(虎谷紀世子)
第2章 分散形態論と日本語の補充:存在動詞「いる」と「おる」の交替(田川拓海)
第3章 語形成とアクセント(窪薗晴夫)
第4章 言語運用における意味計算:ネクスト・メンションを例に(中谷健太郎・志田祥子)
第5章 軽動詞構文における意味役割付与のメカニズム(岸本秀樹)
第6章 語形成への認知言語学的アプローチ:under-Vの成立しづらさとunder-V-edの成立しやすさ(野中大輔・萩澤大輝)
第7章 Generative Lexiconによるレキシコン研究(小野尚之)
第8章 言語類型論と認知言語学の観点よりみた英語からの動詞借用:事例研究を通じて(堀江薫)
レキシコンの現代理論とその応用|くろしお出版WEB
(強調されているものが私の執筆)

私の論文は,副題にもあるように現代日本語(共通語)で存在動詞「いる」が特定の環境において「おる」になる現象(例:先生は奥の部屋におられます)を補充法とみて,分散形態論 (Distributed Morphology)を使って統語的局所性 (locality)と絡めた分析を提案しています。日本語を補充法の観点から分析した研究自体あまりないと思うのですが(現象の指摘はちらほら),今回取り上げた現象では補充の引き金 (trigger)が複数あり(尊敬の「られ」,連用形中止法,否定の「ず」,丁寧の「ます」),形態の交替が義務的か随意的かが環境によって異なるという面白い特徴を持っています。気になる方はぜひ手に取ってみてください。ちなみに,下記の記事で紹介した共同研究で取り扱った補充法は同一の動詞が環境によって異なる補充形になるというものだったので,今回の研究のベースにもしていますが,現象としては少し違いがあります。

dlit.hatenadiary.com

また,そもそも日本語の研究では補充法の認定をどうするかというところからあまり詰められていないので,補充法であるかどうかを判断するための条件とテストを提案し,分析対象になっている現象以外にも「ある」の否定としての「ない」や動詞の不規則な尊敬形(「見る」の尊敬形は「お-見-になる」ではなく「ご-覧-になる」,など)を取り上げ,どれぐらい補充法として考えられるのかということを具体的に論じています。分散形態論に限らず,これから補充法を研究してみようという方の良い踏み台になると良いのですが。また,「補充法なんてイレギュラーな現象,研究テーマになるの?」というような疑問をお持ちの方にも1つのケーススタディとして参考にしていただけると嬉しいです。

この論文集は形態論・レキシコン研究のシリーズの第2弾となっていて今後の刊行も予定されており,投稿論文も受け付けていますので,関連分野の方は投稿も考えてみてはどうでしょうか。

www.konan-u.ac.jp