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ゲーム言語における呪文名・魔法名と数範疇の形態論的類型論に向けて

はじめに

本稿はゲーム言語,特にRPG語における呪文名・魔法名の研究において「数 (number)」の範疇 (category)をどのように扱うのが適切か検討する。具体的には,呪文・魔法の効果が及ぶ対象の数を数範疇(以降単に「数」とする)と考えることを提唱し,その値としてどのようなものが考えられるか整理する。さらに,数がどのような形態論的特徴と対応するかによって少なくとも3つのタイプの言語があることを示し,類型論 (typology)研究の基盤整備を目指す。

本研究はあくまでも呪文名・魔法名を対象とした言語学的研究であり,呪文・魔法やゲームシステム等の研究ではないことに注意されたい。研究の方向性はケーススタディである田川 (2012, 2013, 2015)を見てもらえばおおよそつかめるであろう。ただし,形態論的な分析をする上でもやはり呪文・魔法そのものの効果を考えざるを得ず,このことが呪文名・魔法名研究における1つの問題になり得ることについては田川 (2018)で簡単に述べた。しかし,本稿では過去のケーススタディと同様,呪文名・魔法名とその効果のセットのみを対象として分析・考察を行う。

なお,「ドラゴンクエスト」「ファイナルファンタジー」は名称が長いため以降それぞれ「DQ」「FF」の略称を用いる。

ゲーム言語における数とその値

何を数と考えるか

田川 (2012)およびその後の研究では,呪文名・魔法名に関わる文法的素性として《対象》,その値として[+単体][+グループ][+全体]を仮定した。本稿ではこれをゲーム言語の呪文名・魔法名における数 (number)として考えることを提案したい。

(1) ゲーム言語の呪文名・魔法名における数:その呪文・魔法が効果を及ぼす対象の数

より厳密には「対象数 (number of target)」という用語がふさわしいのではないかとも考えられるが,本稿では自然言語の研究を参照する上でややこしいので言語学の研究で定着している用語である「数」を用いる。

数の値

数の値としては主に次のようなものが考えられる。言語(ゲーム)によっては[+グループ]が採用されていない,味方全員に効果を及ぼす呪文名・魔法名の値を[+グループ]と考えるのか[+全体]と考えるのかといったいくつかの問題があるが,出発点としては十分であろう。

(2) ゲーム言語の呪文名・魔法名における数の値
 a. [+単体]:呪文・魔法の効果が及ぶ対象の敵あるいは味方の数が1
 b. [+グループ]:呪文・魔法の効果が及ぶ対象が同種の敵あるいは味方すべて
 c. [+全体]:呪文・魔法の効果が及ぶ対象が敵あるいは味方すべて*1

[+グループ][+全体]という名称を見るとゲーム言語特有だと感じられるかもしれないが,その性質を考えると決して自然言語とまったく異なるものというわけでもない。

印欧語によく見られる複数 (plural)が同種の個体による累加的複数 (additive plural)であるのに対して,たとえば現代日本語の接尾辞「-たち(達)」は同種でない個体もまとめることができる結合的複数 (associative plural)であることが知られている(Nakanishi and Tomioka (2004))*2。たとえば,下記の例文が示すように「-たち」は固有名詞にも付くことができ,山田以外のメンバーは山田ではなくても良い。また「先生たち」の場合も,先生の集合を表すだけでなく,先生と先生でない者から構成されるグループを表すことができるであろう。

(3) 山田たちが来た/先生たちが来た

このように,自然言語にも同種のもので構成される複数と同種でないものをまとめる複数があるのである。この点から見ると,累加的複数は[+グループ],結合的複数は[+全体]と似ている。もちろん,より厳密な比較・対照が可能であるかどうかについてはさらに検討が必要である。

そのほかの,たとえば自然言語の双数 (dual)に対応するような値の可能性については課題と展望において触れる。

言語のタイプ

本節では,前節でまとめた数がどのような形態論的手段によって表されるかによってゲーム言語の呪文名・魔法名が少なくとも3つのタイプに分けられるのではないかということを提案する。現段階ではあまり多くの言語について検討できていないので,研究の進展によって分類の修正や追加が必要になる可能性も十分にある。

総合的数言語 (synthetic number languages)

まず1つ目のタイプとして,数が接辞などによって標示される言語が挙げられる。これを総合的数言語と名付ける。

(4) 総合的数言語 (synthetic number languages):数の特定の値が接辞などの明示的な形態論的な手段によって表される。女神転生諸語など

典型的な例として女神転生諸語の魔法名が挙げられる*3

(5) 女神転生諸語における複数化接辞
 a. アギ[+単体] → マハ-r-アギ*4[+グループ]/[+全体]
 b. ブフ[+単体] → マハ-ブフ[+グループ]/[+全体]
 c. ジオ[+単体] → マハ-ジオ[+グループ]/[+全体]

この言語グループに所属するどの言語かによってどの値と接頭辞「マハ-」が対応するかは変わってくるが,異なる語彙素に対して同一の接辞が複数化を行っていると言えよう。より詳細に分析するなら,言語によっては対象が[+グループ]ではなく数体に限られるものもあるから,後で触れる「少数 (paucal)」の値を導入する必要があるかもしれない。

もう1つのこのタイプに分類される可能性のある大きな言語グループとしてウィザードリィ諸語が挙げられる。

(6) ウィザードリィ諸語における複数化接辞
 a. ハリト[+単体] → マ-ハリト[+グループ]
 b. モーリス[+グループ] → マ-モーリス[+全体]

一応,複数の語彙素にまたがって特定の接頭辞「マ-」が複数化の値と対応しているようであるが,女神転生諸語ほど体系的ではないようにも見受けられる。そもそもウィザードリィそのものにtrue wordという考え方があり「マ-」が切り出されているということは傍証の1つにはなるが,これが形態論的に複数化を担うということを示すためにはやはり個別の経験的議論が今後必要であろう。

なお,言語学における「総合的 (synthetic)」はややこしく(特にこの分野に詳しくないと)分かりにくい用語なので「形態論的数言語 (morphological number languages)」などとする方が分かりやすいかもしれない。

数語彙化言語 (lexicalized number languages)

2つ目のタイプとして数の区別はあるが主にその値がそれぞれの語に固定されている言語が挙げられる。これを数語彙化言語と呼ぼう。

(7) 数語彙化言語 (lexicalized number languages):数の特定の値がそれぞれの語に固定されている。DQ諸語など

典型的な例としてはDQ諸語が挙げられる。もちろん通時的な変遷や変種による違いはあるものの,この言語グループでは呪文名は形態論的に変化してもそれによって数の値が変わることがあまりない。

(8) DQ諸語における数の値の現れ方
 a. メラ・メラ-ミ・メラ-ゾーマ:すべて[+単体]
 b. イオ・イオ-ラ・イオ-ナズン:すべて[+全体]
 c. hyad-o[+単体] → hyad-aruko[+グループ]
 d. rukan-i[+単体] → rukan-an[+グループ]

(8a, b)に示すように,メラやイオといった語彙素によって数の値は決まっており,形態論的な変化と対応しているのは威力である。また,(8c, d)のような対応を見ると一見数の値の変化が形態論的に表されているようにも思えるが,総合的数言語と違って,同一の接辞がそれを担うことがないのである。

「ザラキ・ザラキーマ」「メダパニ・メダパニーマ」のような対応に現れる接尾辞「ーマ」は複数化の接辞と言って良いだろう。ただしこのような接辞はこのタイプの言語ではかなり数が限られているようである。DQ諸語において接辞がそれほど体系的になっておらず,文法範疇との対応もあまり見られないことについては田川 (2012)も参照されたい。

数自由言語 (free number languages)

3つ目のタイプとして,数の値が接辞のような形態論的手段によってもあまり変わらず,語による指定もない,どちらかというと自由に変えることのできる言語を挙げることができる。これらを「数自由言語」と呼ぶこととしたい。

(9) 数自由言語 (free number languages) :数の値が接辞や語と対応せず比較的自由に変化できる。FF諸語など

FF諸語内でももちろん通時的な変遷や変種による違いはあるが,その多くの言語においてファイア,サンダー,ブリザド,ケアルといった基本的な魔法はその数の値と語形が対応せず,接辞を付けなくても基本的に自由に変化する。

自然言語においては,数の標示が任意 (facultative)である言語に似ている(cf. Corbett (2000))。その類似性がより明確に示せれば,名称を「数任意言語 (facultative number languages)」としても良いのかもしれない。

なお,魔法によっては数の値が固定されているものもあるし(例:「レイズ」系),「ヘイスト[+単体]・ヘイス-ガ[+全体]」のように形態論的変化によって数の値が変わる対応もあるが,基本的に広くは見られない*5

また田川 (2015)でも少し触れたように「コメット[+単体]・メテオ[+全体]」のようなペアは補充法 (suppletion),あるいは語幹交替 (stem alternation)と考えることができるかもしれない。

分類の注意点

先にも少し述べたように,これはあくまでスタートポイントとしての分類であって,今後各諸語,あるいは各言語の研究の進展によって大きく分類が見直される可能性は十分にある。そもそも本稿単体では類型論と言えないほど少数の言語(グループ)しか取り上げていない。

また,これも形態論や類型論,あるいはそもそも言語を分類する際の常として,あるタイプに分類される言語がそのほかの特徴をまったく持たないわけではない。すでに個別の論で見たように,数語彙化言語や数自由言語でも総合的数言語に広く見られる接辞による数の値の変化は観察される。

おわりに:課題と展望

課題としては,それぞれの言語あるいは言語グループに対する個別の研究を進めることが第一であり,すでに述べたので最後に数のそのほかの値について触れて結びに変える。

自然言語には,単数 (singular),複数 (plural)ほどは広く見られないが,ほかにも双数 (dual),三数 (trial),四数 (quadral),あるいは少数 (paucal)といった数の値があることが知られている*6

ゲーム言語の呪文名・魔法名でもこれらに該当する値は見出すことができる。

まず,女神転生諸語では言語によって対象が2体に限られる魔法が存在する(例:ムド,ハンマ)。これは[+双数]として良いだろう。女神転生諸語ではほかにも1グループではなく敵数体に対象が限られる魔法があり,これらの値を[+グループ]や[+全体]と区別するなら[+少数]とするのが適切ではないかと考えられる。

さらに,この研究の対象を特技やアビリティといった語彙にも敷衍した場合には,DQ諸語の「はやぶさ斬り」は[+双数],同じくDQ諸語の「つるぎのまい」,あるいはFF諸語の「みだれうち」は[+四数]と考える余地が出てくる。ただし,これらの特技は必ずn体に攻撃するというよりは最大n体に攻撃するという性質のものなので,呪文・魔法の「対象」の概念の定義を再考する必要は出てくるであろう。

このような分析の拡大の是非については稿を改めるしかないが,呪文名・魔法名だけでなく特技名やアビリティ名,あるいはモンスター名,アイテム名といった語彙もゲーム言語研究においては重要だと考えられる(たとえば時代区分への応用については田川 (2018)がある)。これも今後の研究の進展を待ちたい。

参照文献

Corbett, Greville G. (2000) Number. Cambridge: Cambridge University Press.
Nakanishi, Kimiko and Satoshi Tomioka (2004) “Japanese Plurals are Exceptional,” Journal of East Asian Linguistics 13: 113–140.
田川拓海 (2012)「「ドラゴンクエスト」シリーズにおける呪文名の形態論的記述に向けて」(https://dlit.hatenadiary.com/entry/20120215/1329330135).
田川拓海 (2013)「「ヒャダイン」の消失についての形態論的一考察」『Semiannual Journal of Languages and Linguistics』1: 21-23. (https://dlit.hatenadiary.com/entry/20131119/1384817522).
田川拓海 (2015)「「ファイナルファンタジー」シリーズにおける魔法名の形態論的記述に向けて」(https://dlit.hatenadiary.com/entry/20150929/1443517410).
田川拓海 (2018)「呪文名を中心としたDQ語の時代区分の提案とRPG語研究の特性に関するノート」(https://dlit.hatenadiary.com/entry/20180213/1518516802).

*1:敵すべてかつ味方すべてが対象の呪文・魔法も存在するが,あまり数がないようなので専用の値を仮定するのが良いかもしれない。

*2:結合的複数の研究は日本語以外にもある。

*3:女神転生シリーズの魔法がこのタイプに該当する可能性は@aoi_yoshi_frfk氏の指摘による。記して感謝したい。

*4:rはaの母音連続を避けるための挿入音 (epenthesis)ではないかと考えられる。

*5:ただしFF12語においては接辞による数の値の変化が比較的広く見られる。

*6:双数,三数と比べると四数を持つ言語が確実にあると言えるかどうかは議論があるようである。Corbett (2000: 26-30)などを参照。