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いわゆる否定推量の助動詞「まい」の前接形について

 宿題ばかり溜めていっていてブロガーとしては心苦しい夏休みなのですが、最近killhiguchiさんのところをまとめて読んでいたら以下のエントリの脚注(#1)に気付きましたので。

 問題は、いわゆる助動詞*1「まい」に接続する動詞の活用形が五段動詞(子音語幹動詞)では終止形になるのに対して、一段動詞(母音語幹動詞)ではだいたい連用形、終止形のいずれも可能だ、というところです。

  • 走るまい/*走りまい
  • 食べるまい/食べまい

 上で「だいたい」、と書いたのはkillhiguchiさんの脚注中にもそういう記述が見られますが、話者や語彙によっては終止形の方が若干悪い、という判断がなされる場合もあるからです(ある程度周りのネイティブに聞いてみましたが、時折そういう反応が)。
 はてブの方にはすでにコメントしましたが、この「まい」については、「だろう」との相違点という観点から論文を書きました。以下にリンクを貼っておきます。

 僕の主張は、「「まい」は否定(Neg[+Neg])と時制(T[-Past])と推量(M[+Conj(ecture)])の三つの主要部の音声的具現である」というものです。この主張と、僕の活用に関する理論からすると、むしろ「まい」に接続する動詞の形態は連用形であることが予測されるのですよね。終止形を形成するための条件である素性(T[-Past])は「まい」の形成のために使われてしまっているので*2
 というわけで、上の問題に対する僕の答えは(あまり最終的な答えになってるかどうかわかりませんが)、

  • 「まい」の形成する文の構造と現代日本語の一般的な形態論的規則からは動詞の接続形は連用形であることが予測されるが、「まい」の前身である(と言われている)「まじ」の接続形の「名残」がidiosyncraticな規則として存在する

という感じになります。一段動詞と五段動詞で差が出るのは、一段動詞の場合は競合する形態論的手段は「る」の有り無しですが、五段動詞の場合には母音の違い(連用形なら/i/、終止形なら/u/)だ、というところから来るのではないかと予想しています。
 ちなみに、面白いことに方言によってはこの「まい」(に当たる要素)への接続形には色々なパターンが見られるようで、例えば城田俊(1998)『日本語形態論』によれば、未然形接続の場合もあるそうです。これは僕の上の論文での分析から見ても面白いです。なぜかというと、僕の想定する構造では補文内の動詞に一番近い主要部は否定(Neg)なのですよね。
 まとめておきます。僕の分析では、「まい」への接続形式は、それぞれ

  • 連用形接続:現代日本語の一般的な句構造と形態論的規則から導き出される形態
  • 終止形接続:「まい」自身にぶら下がっているvocabulary-specificな規則によって現れる形態
  • 未然形接続:活用形の選択が、動詞語幹から一番近い主要部にsensitiveな場合に選択される形態

と捉えられます*3、一応、ですが。
 で、まあ月並みな言葉でお茶を濁すとすれば「まい」への接続形は変化の途中の段階、ということでこれらの手段のうちの複数が入り混じった状態になってるんじゃないかなあ、と。ここからどうなるのかは予測が付きませんけどね。連用形に統一されていけば僕としては万々歳ですが、言語変化はホント複雑ですから。現状のまま固まってしまうかもしれませんし、揺り返しのようなものがあるかもしれない。 
 一段動詞と五段動詞で差が出る、というのは上にも少し書いたようにもっと音韻論的な観点からの分析が必要でしょうね。ちなみに僕の分析は「まい」にしても活用にしてもホントに現代語のみをターゲットにしているので、ここで書いたようなことはもっと通時的な観点から見ている研究者からすればかなり奇異に映るものかもしれませんので、注意してください(^^; 特に活用の方は通時的な議論も交えた方が格段に議論も分析も面白くなるのですが、今の僕にとってはちょっと手に余ります。
 この「まい」とその前接形に関する議論はもう少しformalな形で博論にも盛り込むつもりなので、興味のある方はお楽しみに(そんな人いるのか)。あ、あと形容詞、形容動詞、名詞が「まい」に接続する場合にどうなるか、ってのも面白いので良ければ考えてみてください。僕の上で紹介した論文の半分はその分析だったりします。
 というわけで読み返してみてもあまり答えになってないような気がしますが、とりあえず僕が現在書きなぐれるのはこんなところですかね。

*1:金田一が指摘したように、現代語では活用を失っていて本来の助動詞の定義には当てはまりませんけどね。ってか僕はこの「助動詞」というカテゴリーというか概念自体が(現代)日本語のモダリティ論の議論をややこしくしている側面もあると思うのであまり使いたくない術語なんですが、一般的に通りが良いだろうと思いますので。

*2:活用に関する理論についてはまだ包括的な論文を出していないので、興味がある方は言語学会での発表のハンドアウト(pdf注意!)をご覧ください。今年中に個別論文と博論の両方が出る予定です、すいません。ここで説明しだすとunderspecificationの話とかしなければならなくなって長くなるので…

*3:まあ未然形接続は「まい」自体を否定辞であると捉える、という点から説明されるのかもしれませんが。