下記の記事を読んで、方言に関する箇所が気になったので少し調べたことを書いておこうと思います。結論みたいなものはあまりないです。
ちなみに毎度毎度の言い訳ですが、僕は方言研究は専門ではありません。
おそらく、元記事の感じではそこまで方言について強い主張をしたいわけではないと思うのですが、便乗して日本語(の方言)研究の宣伝もしておきたいなと思って書いてみました。
気になったところ
この記事は次のように方言の話から始まります。
福島県で広く話されている方言、いわゆる「福島弁」はアクセントが存在しないという特徴がある。「崩壊アクセント」というやつだ。のっぺりしている話し方なので、標準語に慣れた多くの東京の人は驚いてしまう。
実はこれは栃木・茨城、埼玉の北部(ちょうど首都圏外に出たあたりの一部)で話されているものとほぼ同じだ。お笑い芸人のU字工事(栃木県)や赤プル(茨城県)のべしゃりを想像していただきたい。あれがそのまま広範囲で話されている。
東北地方には「奥羽方言」という独自の方言がある。これは、北に行けばいくほど強烈なのでわかるが、標準語とは異なる極めて独特のアクセントがある。東北の特に60代以上の親戚の話は何をいっているのかさっぱりわからないものばかりで、フランス語っぽい印象がある。
http://gudachan.hatenablog.com/entry/2015/01/02/185750
この先、ことばだけではなく色々な面で福島は東北ではない(むしろ関東)という話が展開されていくのですが、ブコメでも色々ツッコミが入っていますしここでは方言に焦点を当てます。
僕個人が上の記事に対して持った違和感は簡単にまとめると次のようなものです。
- 方言(しかも一つの「県」という大きな地域と対応させたもの)を「東北方言か、関東方言か」といったようにかっちり分類することは簡単ではない
- 方言というのは語彙や文法なども含んだ体系としてある程度のまとまりがあるものなので、その中からアクセントという音の特徴だけを持って、方言の分類を云々するのは偏った見方ではないか
- ことばの違いや類似を持って、「AはB地域に属する/属しない」ということもまた難しいのでは(元記事ではことば以外の話も色々あるわけですが)
福島方言はどこにどう分類されるか:東北と関東の境は?
まず、上記の1について。
福島方言の区画は東北方言とされていることが多いです。たとえば大西拓一郎 (2008)『現代方言の世界』でも東北方言に分類されていますね。ただ、関東方言との類似ももちろん指摘されていて、たとえば菅野 (1982)は
北の方言が南奥方言的とはいっても会津方言を除けば、全体やはり関東方言的とみられるが、その要因としては、福島県の歴史が考えられる。
(菅野 (1982)「福島県の方言」: 369)
と述べて、歴史的に関東地方からの政治的な影響が強く、それが方言にも影響していると推測しています。
また、上記の記事では無アクセントという特徴を挙げて茨城などと似ているから関東方言的というわけですが、逆に井上史雄 (2007)『方言クイズ』では
茨城県は北関東に位置し、東北地方に接している。そのため、基本は関東方言だが、ジとズ・チとツの混交、イとエの発音があいまい、カ行・タ行の濁音化など、東北方言の影響が見られる。
(井上 (2007): 40)
と紹介されています。いわゆる“境目”のような地域の方言が、複数の大分類の方言区画の特徴を持つということは珍しくありません。言語研究における方言区画もざっくり分けるとという話であって、厳密な線引きが考えられているわけではないと思います。言語/方言は触れ合うとお互いに影響しちゃったりしますしね。
ちなみに、「福島方言」「茨城方言」というくくり方もかなりざっくりしています。これは、日常的にも「○○(例:会津、首里、…)のことば」とか「県南の方言」のように言うことがあるところでは実感できると思います。たとえば、前述の菅野 (1982)では福島方言を
- 相馬方言、磐城方言、信達方言、安達安積方言、田村方言、県南方言、会津平方言、南会津東方言、南会津西方言、檜枝岐方言
の10区画に分けるのが適当であると述べています(菅野 (1982): 367-368)。
無アクセントという特徴
主に2について。
「無アクセント(無型アクセント)」というのは単語にアクセントのパターンによる区別がないという特徴を指します。「崩壊アクセント」という呼び方は、今はもうほとんど使われてないんじゃないでしょうか。
木部暢子(他)(編著) (2013)『方言学入門』37ページの図2「アクセント分布図」ではざっくり分けて、福島の県央-太平洋側は無型アクセント、日本海側は東京式アクセントとなっていますね。
ここでの「東京式」は広く東北方言なども含んだ分類ですが、個々のアクセントの特徴はまた色々です。たとえば、東京方言では単語のどこで音のピッチが落ちるかで区別がある「下げ核」を持つと言われますが、弘前方言などでは単語のどこで音のピッチが上がるかが区別を担う「昇り核」という特徴を持っているということが知られています(たとえば松森晶子(他)(編著) (2012)『日本語アクセント入門』: 26-27)。
また、無アクセントの方言は宮崎を中心として九州にも広く分布し、福井の一部の方言でも見られると言われます。
方言の話をすると、一般的にはよく「なまり」が話題になるように、音の印象というのは強いのだなと感じることがけっこうあるのですが、上で述べたように言語・方言というのは音だけでなく語彙、文法、コミュニケーションの手法などにいたるまでの体系としてのまとまりを持ちます。もちろん、それらが常に一致しているわけでもありません。福島の方言は確かに無アクセントという特徴では茨城方言に似ていますが*1、それだけで「東北(の方言)ではない」と言ってしまって良いのでしょうか。
本当は東北方言に限っても、活用とか自他、ヴォイスの話など形態論、文法の面から見て面白いことが色々あるのですが、割愛…
福島方言の研究
3について詳しい話は特にないです。
ところで、福島の方言の話って、方言研究の入門書や概説書ではあまり触れられていなかったり簡素な記述だったりが多いのですよね。
最近、福島方言の調査・研究を精力的に行っている白岩氏の論文の冒頭から少し長めですが引用しておきます。
はじめに個人的な追憶を書くことをお許しいただきたい。筆者は福島県の出身だが、方言研究に興味を持ったとき、自身の方言が「無アクセント」「崩壊アクセント」などと呼ばれていることに驚いた。ほかの方言についてはアクセント面の規則が事細かに記されているのに、自らの母方言については、特定の規則がないというだけの簡素な記述で終わっているのである。
たしかに、筆者自身の内省でも、単語単位のアクセントという点で、福島方言に特段の規則はないように思われる。しかし、音の高低には何らかの規則があるはずで、実際、他地域の出身者がでたらめにアクセントを崩して「無アクセント」をまねるのを聞いても違和感がある。つまり、各単語に固定されたアクセントではなく、文脈などに応じたイントネーションのレベルでは何らかの規則があり、それが「無アクセント」らしい音の高低を生み出しているものと考えられる。
(白岩広行 (2014)「イントネーションの意味記述―福島方言における試み―」: 53、強調はdlit)
「崩壊アクセント」と呼ばなくなったのは、ここに書かれているように単にめちゃくちゃというわけではない、という理由もあったように記憶しています。
ちなみに、菅野 (1982)も
福島県方言の研究の歩みは遅かった。
(菅野 (1982): 365)
という一文から始まります。実際にフィールドで調査をしている方からは福島方言が衰退していっているという実感があるという話も聞きますので、調査の進展を応援しています(ちなみにこれは福島だけでなく、東北方言をはじめ、他の様々な諸方言に当てはまります)。
この記事を書いた動機
最近、アイヌ語や琉球語の話を以前よりよく聞くようになったなと思いますが、方言も含めて、ことば・言語にさまざまなバリエーションがあるということを知るのは、色々な点で重要なのではないかと考えています。方言の話ではありませんが、以前にも下記のエントリを書いた時にそう感じました。
このエントリをきっかけに、方言に興味を持ってくれる人が少しでも出てくれると、言語研究者としては嬉しいなと思います。
参考文献
- 井上史雄 (2007)『方言クイズ』講談社.
- 木部暢子(他)(編著) (2013)『方言学入門』三省堂.
- 松森晶子(他)(編著) (2012)『日本語アクセント入門』三省堂.
- 大西拓一郎 (2008)『現代方言の世界』朝倉書店.
- 白岩広行 (2014)「イントネーションの意味記述―福島方言における試み―」『日本語学』33(7): 53-64.
- 菅野宏 (1982)「福島県の方言」飯野毅一(他)(編)『講座方言学4 北海道・東北地方の方言』, 363-397, 国書刊行会.
(やや専門的な)読書案内
上述の
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内容が豊かな分、お値段もそれなりにするのが多いですけどね…
*1:もちろん、語彙や文法でも似たところはあるようです。