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歯切れが悪いのは仕様です。

ラーメンズで言語学 (4):「元栓」は今?語と句とアクセントと変わった接辞

はじめに

ちょっと前に小林賢太郎氏のパフォーマー引退に寄せてその3を書いたのですが,その時思いついたもう1つについても書いちゃいます。

dlit.hatenadiary.com

その3と同じで,短い記事です。その1やその2のようなラーメンズのコントを例に言語学の重要な考え方や概念を紹介するというタイプの記事ではありませんが(私の一番のおすすめは1です),よく考えると不思議だなというのを少しでも味わっていただければ。

  1. ラーメンズで言語学(1):「大マンモス展」と語の組み立て方の話 - 誰がログ
  2. ラーメンズで言語学(2):「熱が出ちゃって」「どこから?」述語と項のお話 - 誰がログ
  3. ラーメンズで言語学 (3):切るのに「はさみ」?連用形名詞の話 - 誰がログ

なお,この先を読む前に,下記の点にご注意ください。

  • 当然のことながらネタバレを含みます。
  • いわゆるお笑いのネタを学問的な題材にする,野暮な試みでもあります。理屈付け(のようなこと)が好きでない方は読まないが吉かもしれません。特にラーメンズファンの方はご注意ください。
  • 発話者名は演者名の「小林」「片桐」で統一します。
  • 文字起こしはそれほど正確ではありません。

題材

今回も第14回公演『STUDY』「ホコサキ」からのネタです。

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  • 発売日: 2009/10/21
  • メディア: DVD

いつも書いていますが,YouTubeに公式の動画があるのは素晴らしいです。


ラーメンズ『STUDY』より「ホコサキ」

会話

今回も前後の文脈は特に必要ないかと思います。

小林「要するに彼が何を言いたいのかと言うと,「元栓」が「元・栓」なら,今なんなのかと。」
片桐「違います」

文字起こしだと表しにくいのですが,最初の「元栓」はアクセント(ピッチが下がるところ)がなく(いわゆる平板型),後の方の「元・栓」は「・」を入れて示したように,音が分かれています。アクセントも「も\と・せ\ん」となっています(以降,\でアクセント:ピッチが下降しているところを表すことにします)。

Aoyagi Prefix

まず,元来の「元栓」に含まれている「元」は「以前」という意味ではなく位置関係を表していると思いますので,ホコサキさんのツッコミは変なのですが,ホコサキさんが指摘している「元・栓」に出てきている「元」の方はなかなか面白い性質を持っていることが知られています。

先行研究としては,音声・音韻を中心に日本語についての重要な研究を出しているWilliam Poserという研究者の論文があります(ちなみにMITで出した博論も日本語がテーマ)。本に収録されている研究なんでリンクが難しいんですが,次のページが分かりやすいかと思います。

citeseerx.ist.psu.edu

この「も\と-」の何が面白いかというと,接頭辞であるにも関わらず,それがくっつく要素との間に「句」と呼ばれる大きな単位の境界があるように見えるのです。もっとざっくりまとめると,接辞というのは必ず他の要素にくっつかなければならないのですが,くっつく相手とはある程度距離を置くという感じですかね。ツンデレ?

まずアクセントから見てみましょう。これもあまり簡単にまとめるとお叱りの声が飛んできそうですが,接頭辞はくっついた要素と合わせて1つのアクセントを持つことが多いです(なお,複合語でもよくそれぞれの語のアクセントが一緒になるのでアクセントが一緒になるから接辞というような判定はできません)。

  • 一般的な接頭辞の例:こ+さかな→こ-ざ\かな,おお+おとこ\→おお-お\とこ

一方,接頭辞「も\と-」は,他の要素にくっついても,「も\と-」自身のアクセントを保持し,またくっついた要素のアクセントにも干渉しません。

  • 「も\と-」が付いてもアクセントは保持される:も\と-+だいと\うりょう→も\と-だいと\うりょう

このような接頭辞を,Poserは “Aoyagi Prefix”と呼んでいます。この現象を最初に?指摘した研究者の名前を冠したとのことで,その研究は以下の論文誌に入っている “A Demarcative Pitch of Some Prefix‐Stem Sequences in Japanese” という論文だそうです。

句と句音調

さて,「も\と-だいと\うりょう」の例を実際に言ってみると,「だ」と「い」の間にピッチの上昇があることに気付く人もいると思います(これは方言によっては出ない人もいるかも…)。これは「東京方言」で良く知られている,「句 (phrase)」の境界を示すピッチの変化で「句音調」と言います。日本語の音韻のことに詳しくないと,アクセントと同じように見る人が多いように思いますが,アクセントは基本的に「語 (word)」という単位に属する性質で,句音調とは区別されます。

「も\と-」は,この句音調にも干渉しないのですね。つまり,「句」の境界が接辞付加という「語」を作るプロセスの中で出てきているわけです。以下,句音調は「/」で表します。

  • 「も\と-」はアクセントも句音調も保持する:も\と-+だ/いと\うりょう→も\と-だ/いと\うりょう

句音調の基本的な性質や,「東京方言」以外の方言でどのように出るかということについては以下の本に分かりやすい解説があります。というか,これまでも何度かおすすめしていますが,アクセント全般について基本的なことを知るのに良い本です。

なお,PoserはAoyagi Prefixとして,他に現-,反-,非-,対-,前-,全-,などを挙げています。影山太郎による研究もあるのですが説明が大変ですし割愛。ちなみに,私はさいきん外来語系の接辞の研究をしているのですが,「ポ\スト-」(例:ポ\スト-あ/べな\いかく)もAoyagi Prefixぽいですね。

おわりに

相変わらずぜんぜんラーメンズの話はしていませんね。今回も書いててしみじみ感じましたが,ラーメンズのすごいのは,こうやって解説を書くと意外とややこしい事情や背景があるような言語の(不思議な)現象や性質を,そういう説明などせずに面白く分からせてくれるところにあると思います。

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